第10話 反社ポマード男再び

 倒産した会社の元社長。現在は暴力団員。この男の話は以前に書いた(第4話)。

 前回書き忘れたが、この男が経営していた会社の本社の土地・建物に僕の勤めていた会社が第1順位で根抵当権をつけていた。

 競売を申し立てていたが、遅々として進んでいなかった。裁判所にも何回か足を運んだが係官は「手続きを進めています」としか答えなかった。

 その元本社は4車線の道路に面していて、駐車場もありかなりまとまった土地だったので買い手はつくだろうと思ってはいたが思うようにならなかった。

 ポマード男が暗躍したのか右翼の団体がその土地に街宣車で乗り付け、3日ほど合宿(?)したりしたのも悪影響があったのかもしれない。

 そのような中、ポマード男から僕の勤め先に電話があった。本社の土地について話したいことがあるという。どうせろくなことじゃないだろうし、暇でもないので「競売にかけているんだから話すことはない」と何回も断ったが、どうしてもそちらに行って話したいと言い張るので、仕方なく1週間後にポマード男がこちらに来るということを受け入れた。

 その日男は時間通りやってきた。さすがに正面からは入ってこず、裏口のインターフォンを鳴らした。

 僕は出迎えに行った。

 「この車どこに停めとけばいいですかね?」相変わらずぷんぷん匂うてかてかのポマードで固めた頭の男は言った。

 高級な外車だ。後部座席には虎の皮がかけてある。

 うんざりしながら僕は駐車場の一番奥を指さしそこに停めて置くように言った。

 応接室で向かい合うなり男は身を乗り出していった。

 「いい話です!買い手が現れました!凄い金額で買うって言ってます!」

 僕は抑揚をつけないように意識して言った。

 「競売にかけてますから、その話は要りません。」

 「なんでですかあっ?競売なんかじゃ安くしか売れませんよ!いや売れないかもしれない。この話に乗らない手はありませんよ!」男は早口に言い立てた。

 「いえ、競売にかけると決定してますから。この決定は変わりません。」

 「変えられますようっ!だって競売の何倍もの金額になりますよ!御社にとって願ったりかなったりですよ!」

 大体、お前が経営に失敗して倒産させたんだろうがと内心毒づきながら、僕は競売にかける、これは変わらないと平坦な口調で繰り返した。

 男は黙った。じっと僕を見た。一瞬、殺意のような冷たい光が男の眼で光ったが、次の瞬間、その光は消え、男は「残念ですなあ。いい話なんだけどなあ」と満面の笑顔で言った。

 「じゃ、また来ます」男は立ち上がった。ポマードの匂いが空気を揺らした。

 来るなよと内心思いつつ、平坦な口調で僕は言った。

 「競売にかけることは変わりません。来ていただいてもご足労おかけするだけになります。」

 「またまたあ!」男は笑いながら大きな声で言った。

 僕は裏口で男の車が道路に出ていくまで見送った。

 やれやれ。ひどく疲れて業務室に戻った。

 「凄い匂いね。ポマードつけ過ぎよ。」応接室を片付けた女性社員が顔をしかめて出てきた。

 僕は匂いは感じたが、顔をしかめるまでにはならなかった。あの男の匂いがそんなに気にならないくらいの月日が経ったのか。急に疲れを覚えた。

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