第9話 鮭も売りました

 大学の時、鮭も売った。

 この前書いた怪しげな友人から頼まれた。

 そいつがちょっと青い顔してやってきて「やばいやばい。頼む、うんと言ってくれ」と言う。

 いかがわしいことをやってる雰囲気ぷんぷんの奴だから、さして驚かなかったけど、何を頼む気だ?

 「今度は何なんだ?」

 「鮭を売って欲しい」

 「鮭?魚の?」

 「そうだ。頼む。うんと言ってくれ」

 やることもなく暇だったので引き受けた。

 当日指定されたのは、意外だったが大手のデパートだった。言われていたように催事場の階まで行った。

 そこで出迎えたのはにこやかな小男だった。

 「どうも!今日はよろしくお願いしますね」小男は歯切れ良い良く通る声で言った。

 まあ悪い感じはしなかったが、なんとなく胡散臭い感じもした。

 やくざ者の中には妙に人好きのするタイプがいるものだ。当然やくざ者だから一旦何かあると豹変する。なんかそんな臭いがしないでもない。

 小男に案内されて控室みたいなところに案内された。僕の他は40代50代くらいのおばさんが4人いた。

 「皆さんおそろいなので、ご説明しますね」小男は歯切れよく言う。

 「鮭、冷凍の鮭を売っていただきます!」小男は嬉しそうに言う。「難しいことはありません。お客さんはたくさん来ます。手際よく売って後ろの会計に回してくれればいいだけです」

 「ただですね」小男は僕らを見まわして言う。

 「オスの鮭をくれというお客さんがいると思います。結構いるかと思います」

 へーと思った。オスが欲しいのか。

 「メスは卵に栄養が行くので身がおいしくないと言われるんですね。でも今日売ってもらう鮭は沖合で獲ったもので、まだ卵を持ってません。だからオスもメスも変わらないんです。でも、そんな説明しても納得しないので、適当にオスだと言って売っちゃってください。まあもっと大きくなるとオスは鼻のところが伸びるとか言いますけど、沖合で獲れたものはそんなことないのでわかりません。適当に売っちゃってね!」

 本性見たりというところだな。僕は胸の内で笑った。

 さて催事場の売り場に立った。僕を入れて3人がまず売り子になった。僕の他はおばさんふたり。

 かなり客は並んでいた。爺さん婆さんが多い。平日の午前中だからね。

 まず婆さんが僕の前に来た。

 「ちょっと、オスを頂戴よ。おいしいやつね」と婆さんは言った。

 なるほど、オスを指定してくる人いるんだな。

 僕はおもむろに目の前の箱にたくさん並べられている鮭の一尾を手に取った。

目の前に鮭をかざし鼻先を見るようなふうをして、ちょっと首をかしげ、今度は腹を覗き込むようにした。そしてその鮭を手放すと別の鮭を手に取り同じようにして今度は「これはオスです」と言った。

 婆さんは「あらそう!美味しそうね!」と嬉しそうだった。

 婆さんの後ろに並んでいて肩越しに覗き込んでいた爺さんが「俺にもオスくれ!」と言った。

 僕は今度は一尾めを念入りに見て、これがオスですと言った。

 爺さんは「そうかね!」と嬉しそうだった。

 気付くと僕の前は長い列になっていた。

 売れ行きは好調で午後2時前には売り切れてしまった。

 小男はみんなを集めて上機嫌に言った。

 「ご苦労様でした。いやあ良かった。お金はあちらで受け取ってね」

 僕は指差された方へ歩きだそうとした。

 と、小男がちょっとと呼び止めた。

 「あなた、鮭売るの上手いねえ。来週も来てくれない?今度は大阪なんだけどさ」

 僕は丁重にお断りした。小男はとても残念そうだった。

 僕はその日の夕方、怪しげな友人に会い、2度とこのような仕事を回すなと釘をさした。

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