第5話 神と言われた男

 その男は神と言われていた。

 顔の大きな、ずんぐりむっくりした男だった。無理矢理良く表現すれば恰幅のいい男だった。

 仕事は全くできない男だった。

 けれどいつも悠々と歩き悠然と座っていた。他人を見下すような横柄な口のきき方をする男だった。

 ただ部長のことは怖がっていた。部長に何か報告するときは、部長の机の左斜め前にしゃがみこんで身体を縮めて部長を見上げるような姿勢をとっていた。

 ある時、取引先のA社が主催するセミナーの案内状が来た。部長は神に出席するよう命じた。

 神は得意げにしていた。「私は優秀だから選ばれたのだ」という雰囲気をぷんぷんと漂わせていた。

 セミナーの当日、神は喜び勇んで出かけて行った。

 机の上にセミナーの案内状が忘れられていた。

 「まあ、うちは得意先だから名刺を見せれば会場に入れてくれるだろ」と誰かが言った。

 神はその翌日セミナーの受講結果の報告書を午前中一杯かけて書き、もらったテキストと合わせて部長のところに持って行った。部長の机の左前にしゃがみこんで恭しく部長に差し出した。

 部長は受け取って一瞥すると「これはB社のセミナーじゃないか。おれはA社のセミナーに行けと言っただろう!」と怒鳴った。すぐ怒鳴る奴なのだ。

 神はぴょこんとしゃがんだまま飛び上がった。

 「馬鹿!」部長は叫んで報告書を神の顔に投げつけた。神はしばらくうなだれて足元に落ちた報告書を見つめていた。

 B社も得意先の一つだった。同じ日にB社もセミナーを開催していたが、私がいた部の業務とはちょっと違う分野がテーマだったのでB社は案内状はよこさなかったということが後で分かった。

 神はまったく違う場所の違う会社に行ってしまったのだ。そして関係ない分野のセミナーを3時間聞いてきた。

 案内状を忘れたとはいえ、会社を間違えるだろうか?全然業務と関係ない話を3時間聞いていて変だと思わなかったんだろうか?大体案内状をもらっていないセミナーをよく受講できたもんだ。

 後日B社の人間に聞くと、受付でひと悶着あったようだ。

 神は案内状をもらったと言い張り頑として間違いないと言っててこでも譲らない。セミナーを受けさせろの一点張りだったそうだ。

 B社の名簿には当然載っていない。しかし神は名簿が間違っていると言い張ってきかない。

 とうとうB社も取引先でもあるし仕方ないということで会場に入れたとのこと。

 「いやあ困りましたよ」とB社の社員はこぼしていた。

 さすがに神は違うな、とみんな感心した。

 しばらくして、神が大得意先の工場に出張してトラブルを起こした。かなりシリアスなトラブルで大得意先の社長から大クレームの電話が部長のところにかかってきた。

 しかし、神は自分がトラブルを起こしたという自覚はなかった。いつものとおり悠然と自席に座り悠々と出張報告を書いていた。

 大クレーム電話に平身低頭して対応していた部長は電話を切るなり「○○!」と怒りに満ち溢れた声で神の本名を叫んだ。

 神は椅子の上で飛び跳ねた。そしてすすすすっとすり足のようにして部長の机のところへ行き、左斜め前のいつものポジションにしゃがんだ。

 部長は椅子に思い切りもたれかかり、斜め下に怒りのこもった目を向けた。

 「貴様!」と叫んだ。「貴様、出張して×××と言ったのか!」

 神の顔面は白茶けていた。口を半ば開いて口で息をしていた。唇が震えていた。

 「言ったのか言わないのか、どっちだ!」部長はさらにどすのきいた声で問い詰める。

 神は声も出ずただ頷いた。

 「言ったんだな!言ったんだな!間違いないんだな!」

 神は震えながら頷いた。

 部長は背もたれから背を離した。そして右手をゆっくりと伸ばし、神を指さした。まるで拳銃で撃つかのように。

 そして言った。

 「死刑!」

 神は焦点が合っていない目でしゃがみこんだまま微動だにしなかった。

 神は死神によって死の淵に落とされたのである。

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