第4話 反社ポマード男
その男は相変わらず血色良く、ポマードで髪をきちきちにしている。鼻の奥にこびりつくような甘ったるいしつこい匂いのポマード。
男はでかい木製の机を前に虎の敷物を敷いた立派なチェアに深く座って笑顔で僕を見ている。
この男は僕の会社の取引先の元社長だ。元というのはその会社は半年前に倒産してしまったからだ。
売掛金がかなりの金額残っていて、倒産した直後に担当にされてしまった僕は支払い交渉のためにその男のいるところに出向いていた。
この交渉は一筋縄ではいかないことはわかっていた。
何故か?今この男のいるところは暴力団事務所の中の部屋なのだ。
元社長は暴力団に入ってしまったのだ。もしかすると元々こっち系の人間だったのかもしれないけど。
「あの」僕は言った。「どうでもいいですけど、買ったものの代金は払ってくださいよ」
男は満面の笑みで言う「払いたいんだよ。でもね、お金が無い」
「金が無いって、じゃあどうやって暮らしてるんですか?」
「親切な人に食べさせてもらってるんですよ」
この男が広い屋敷に住んでいるのは知っている。けれどその家土地はこの男の妻と妻が経営している会社の名義になっている。執行もかけられない。
「そうだ。この前ここに来た時、収入が無いことを証明するものを用意しておくと言ってましたよね?あれどうなったんですか」
「あー、そうだそうだ。ごめんごめん。忘れてた。えーっと」と男は机の引き出しを開けてごそごそし始めた。
「あったあった。これこれ。これでどう?」
男はA4の紙を僕に差し出した。
手に取ってみた。
そこには「私には収入がありません」と手書きで書いてあり、その下に年月日と男の名前が書いてあってハンコが押されていた。
「なんですか。これ」
「収入が無いことの証明」
「証明って、自分で書いてるじゃないですか!」
「本人が書いてるんだから間違いない」
「間違いないって、本気で言ってるんですか!」
「うん。それに押してあるハンコは実印だよ。印鑑証明もつけようか?」
僕は男の顔を見つめた。
男は相変わらず満面の笑みだった。けれどその目は爬虫類の眼のように冷たく光っていた。
男の口から先が割れた細い舌がするすると出てきた。
僕は席を立って部屋を出た。
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