【KAC20225】八十八歳の贈り物

ゆみねこ

八十八歳の贈り物

 あたしゃ今、滅茶苦茶米が食いたい。もう三十年近く口にしていないだろうか。


──時は2XXX年。第二次高度経済成長を経た日本は、全地域の超近代化を政策に掲げて、国を造った。それによって、今や田畑は見る影もなく、そこら中に車が飛び回り、夜も来ない光の世界へと変わってしまった。


 唯一と言っていいほど高かった米の食料自給率も風の前の塵が如く消え失せた。

 現在、日本で食べられる米は外国産のものだけになってしまったいる。


 だから、あたしゃ──


「米が食いたい」


 明日で八十八歳。一人悲しく米寿を迎える。その意識が尚更、米を食べたい欲を加速させているのだと思う。

 しかし、昔から思い立ってしまってはどんな手段を使ってでも成し遂げたい性質で、様々な事をしてきたが、今回は打つ手はない。


 田畑が完全に消えた日本で、再び日本産の米を食べるなんて不可能なのだ。

 泣き寝入りというと意味が少し変わってくるが、あたしゃ早くに床に着いた。


──夢でもなんでもいいから、人生の終わり目に米をたらふく食べたいと仏に願って。



※※※※※※※※※



「──う、ううん……ここは?」


 どこまでも緑が広がり、今は淘汰された田舎風景。畑では老人達が精を出し、川では子供がはしゃぎ回っている。

 目を覚ますとあたしゃ見たことのない場所にいた。


「ここは……?」


 あたしゃ歩いた。野を抜け。森を抜け、山を越え。

 歩いて歩いて歩いた先に何かがあると感じて。いつの間にか歳を取り、悪くなった足は今だけはすこぶる調子が良かった。


 そしてその先に──


「ここは……!」


 昔、昔のそのまた昔。まだ、両親が生きていた頃、一緒に住んでいた家があった。

 当時から何一つ変わっていないその様子からは、当時の様子が鮮明に思い出される。


 両親は専業農家で、田んぼと畑で暮らす人だった。

 毎日泥まみれになって食物を作り、自然と共に生きていた。


 出てくるご飯はいつも野菜と米。魚や肉なんて誕生日にすら食えない日々。

 けど、そんな日々が心地よくてあたしゃ好きだった。


「しかし、どうしてここが……?」


 昔の家にたどり着いたからといって、何かがあるわけでもない。

 何に導かれて、ここに来たのか。それが不明であるが──


「シノ! 早く帰ってきなさい」


 思い出の家の戸が開くとそこからは死んだはずの母が『私』を呼んだ。

 私は父と母のいる家に走った。なんたって今日は誕生日。


「今日はシノに為に沢山、お料理作ったからね」

「やったあ。何を作ったの?」

「それはね──」


 そうだ。これはあたしの記憶。小さい頃、全く同じ事があったのだ。

 記憶によると母はこう言うのだ。


「「白米」」


 私と母の声が重なり合った。そして、目を合わせて笑い合った。。


 白米を食べることは当時のあたしにとって特に珍しい物でもなかった。

 けど、誕生日の日は敢えて白米しか炊かれず、とにかく白米を食べる日だった。


「また、お米だけなの〜」


 私は不満を漏らした。そりゃあそうさ、当時のあたしは育ち盛りの食べ盛り。色んなものが食いたかった。

 しかし、そんなあたしに母は──


「そんな文句を言う子にはあげません」

「えぇ〜」


 そう言って絶対に米を食べさせてきた。


「これから先、多分食べられなくなっちゃうから、今楽しんでおきなさい」


 当時のあたしには何を言っているのか分からなかった。

 しかし、今なら分かる。母は近い将来、日本から米がなくなると予知していたのだ。


 だから、今のうちに味わっておけ、そう言っていたのだろう。


「さて、席に着いたわね。それじゃあ、シノの八歳の誕生日に──」


 私と母と父が手を合わせた。そして言った。


「「「頂きます」」」


 それからはひたすら白米を食べた。今まで食べられなかった分とこれから食べられていなかった分を食べて、食べた。

 母と父はそんな私をにこやかな目で見ていた。


 そこで、視界は真っ黒に染まり、やがて見慣れた天井が広がっていた。



※※※※※※※※※



「……夢か」


 とても現実感のある夢だった。今も口の中に米を食べた感覚が残っている。

 時計に目を向けると時刻は零時を回り、誕生日を迎えていた。


──あたしゃ八十八歳になっていた。恐らくあの夢の中で、両親に祝われている時に同時に迎えたのだろう。


「仏さんの誕生日プレゼントだったのだろうか?」


 八十八歳の誕生日プレゼント──それは今は無き米と今は亡き両親との温かい思い出。

 米寿のあたしには丁度いいプレゼントさ──。

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