第4話



 送りつけられてきたという音声を靴箱の中から出したノートパソコンで一緒に聞いた。最初の5秒でスマホに入ってるどの動画か分かった。あんまり早かったから白い目で見られた。やってる事で声は変わるから啼き方でなにしたりされたりしてる時かすぐ分かる。俺は分かるが、されてる側はいちいち覚えてないらしい。薄情なことに。

 俺のスマホを持ってきて動画を再生。すぐに同じ音声が聞こえてきて、斜めに傾いだご機嫌が益々悪くなる。本気で嫌そうな様子に、性愛も大事な愛の構成要素だと色街暮らしの長い俺は一説教してやりたい。やりたいが、今は立場が弱い。

「音声だけだったから盗聴かと思ったんだが」

 動画の中で口淫してる同じ相手が隣で喋るのは羞恥プレイだった。恥じ入るように顔をそらしてはみたが、実はけっこう乙な気分でもあった。

「オマエが映ってるから、雛女は音だけにしたんだろうな」

「雛女ヒナメってさっきから五月蝿。惚れてんのか?」

「別に」

 スマホをパソコンに繋いで動画アプリのデータ解析される。再生記録の一覧でさらに苦い顔をされる。嫌味たらしいため息をつかれながら不正利用された動画の再生時刻を表示される。夜明け前が多いのは眠りにつく前の子守唄代わり。

「……」

 寝てるところを起こさない思いやりを褒めて欲しいくらいなのにそんな様子は微塵もない。

「送信元はフリーアドレスだがIPは雛女の店だ」

 あいつは頭はいいが学がない。昔は字も書けなくて妓楼時代は親元に送る手紙まで俺が代筆してた。機械に弱い。ガラケーもうまく扱えなかった。スマホはなおさら、キーボードのローマ字入力にいたって見るだけで頭が痛くなるだろう。

 そういう女を可愛いと思う男も世の中には多い。けど俺にそういう嗜好はない。俺が生まれて育ったのはけっこうな戦乱期で男は国中を遠征し、どこの巷で躯になるか、知れたものじゃなかった。自然と女たちが家を支えるべく相続権を強化され、後家の発言力が一族を支配するようなことも起こる。後家の連れ子が婚家の娘と結婚して異姓伝領、ということさえ普通だった。源氏の総領や奥州藤原氏といったメジャーネームでさえ。

 電子申請だのマイナポータルだの使いこなしてサクサク仕事してるこの美形みたいなのや、でかい妓楼を一手に仕切ってた昔の女将みたいなのが好きだ。俺の『オンナ』はみんな頭がいい。

「誰かに頼んだろう。それも込みで」

「わかった。カタつけとく」 

 再生記録のうち身に覚えのない時間帯はクラブで勤務中。腕時計でさえうっとおしい俺はスマホをロッカーに入れっぱなしにすることは多々ある。ホストにはあるまじき習性だが、なら店に行っちゃえと覗きに来る客もいるからなんとなくそれで通っている。もともと売上にはあんまり熱心じゃない。稼ぎのいい『彼氏』が衣食住を補償してくれている。

 プライベートな動画満載のスマホの管理が甘かった無用心を海より深く反省した。

「行って来る。の、前に、縛っていいか?」

 けどそれとこれは別。

「……あ?」

 眇めにした流し目で睨まれてぞくりとした。

「ヘンタイ」

「男が変質者じゃなくなったら病気だ」

 いまさら睨まれて怯みはしない。まあでも今回はそんな動機じゃない。

「帰ってきたら居なくなってたとか、すげぇありそう」

 失踪を警戒している。

「通帳残高、無茶苦茶ふえてたし」

 ふだんの生活費や支払いを引き落としている口座の通帳は俺でなくこっちの名義だ。それを置いていく気だろう。

「ああ。瀬戸内の土地売った」

 生まれた実家の屋敷地だけは手放さないで居たのに。

「開発入って高値になったから処分しただけだ。気をまわすな」

 うそつけ。

「ポルノビデオなら縛られて転がされてるうちに輪姦マワされてオマエが号泣ってパターンだな」

 それを言われて少し怯んだ。でも。

「鍵かけとく。縛るぜ。猫みたいに死ぬ前に姿消したりさせねぇから」

「今時の飼い猫はたっぷり医療費掛けさせて座布団で死ぬらしいぞ。まぁ、ナンだ。さっきの手錠、ちょっと持ってこい」

 意図が分からないまま部屋に戻ってベッドの上に並べた中から金属製の手錠を持ち上げる。口淫するときに尻を揉むとえらく透明に啼くから、張型ディルド突っ込んでシたらどんだけ悶えるだろうかとついつい買ったセットの中に入ってた。

「掛けろ。バカか。前手錠だとドア開けられるだろ」

 後ろ手の拘束は苦しそうで気が引けた。もちろんかなり興奮して見惚れた。笑えばみんな可愛いけど泣き顔がイケるのはキレイな顔立ちだけで、だからSMクラブはきりょう良ししか務まらないのだとか、聞いたことがある。見慣れても見飽きない美貌と姿の良さに感嘆する、そんな気持ちを嘲笑するように。

「、せー、の」

 二・三度肩を揺する。関節をほぐすようにしてから左の肘を背中で上げて首を竦め、ぐるり、手錠で繋がった腕の輪をくぐる。前手錠になる。

 呆然と見ている俺を尻目に前に廻した手錠の輪の付け根をがちゃがちゃ。金具同士をなにやら交差させて、そこに歯を押し当てる。バネのかみ合わせが軽い音をたてて右側が外れ、左の輪の根元にボールペンの芯が差し入れらられてそっちも外れた。

「……」

 手錠を返される。さして誇るでもない。

「……俺がバカだった」

 認める。頷かれる。無念だが事実。本職相手に手錠で拘束しようとか考えた俺はバカだ。せめてもうちょっとマシな造りならともかくプレイ用の玩具で。

「カタはつけに行きたい」

「さっさと行って来い」

「けどアンタをこのまんま、どっか行かせンのはイヤだ」

「オマエの弄った奴と雛女のスマホは持って帰って来い。なか確認する」

「……」

 どこにも行かない、とか誓われるよりはるかに信用できる、気がした。

「雛女の方は、嫌がるようならオマエがデータ消すだけでもいい」

「持って帰ってくる。ついでになんで雛女にそんなに甘いのか、改めて聞くから返事かんがえとけ」

「抱いたからじゃないのは確かだ」

 



 無用心を海より深く反省している。

 それと怒りとは別だ。

「三日前の22時15分くらい……。ああ、カイ君ね」

 該当の時間、休憩室に出入りしたのは新年度から名古屋に行くアルバイトのホスト。クラブの常連客である雛女の気に入り。よくアフターを付き合ってるが、実はオンナが苦手そうなのには気づいてた。

「イイコなんだけど、仕方ないわね。顔は殴ったらダメよレイちゃん。警察呼ばれたら面倒くさいし、喋らせられなくなるから」

 店長は分かりきったことを口にする。防犯カメラの画像を見せてくれたことに礼を言って立ち上がろうとするジャケットの裾を掴まれる。

「どうにか、ならいの?」

 しょんぼりとした声。

「アタシよりレイちゃんが百万倍かんがえてるのは分かっているけど、どうにか……。あの人が居なくなるのイヤだわ。寂しくなる」

 もちろん俺は頭が痛くなるほど考えてる。けど俺が考えるより遥かに解決策を思いつきそうな本人にその気がない。寿命を受け入れて身辺整理を進めているのが時々、絞め殺したいくらい憎らしい。

「レイちゃんの恋人っていうだけじゃなくて、あたしたち全体にとって功労者じゃない。戸籍作ってくれたりマイナンバー取ってくれてたり。すごく助かってるわ」

 異邦人・異端者という意味じゃ不法就労の外国人も『俺たち』も大した違いはない。そういうのを洗い出すためのシステムは人間でない俺たちもじわじわ追い詰めていた。

「その分、あの人はあの人の同胞を裏切ったことになるんだろうけど。……あたしたちに物語みたいな始祖とかグラン・マとかがいたら、お願いして仲間にしてもらうのに」

 そんなものは居ない。自分自身がどこから来たのかも分からないのに、他人をどうすれば連れて来れるかなんて尚更わからない。

「レイちゃんとあの人に、ずっとイチャイチャ仲良くしていて欲しいの。ずーっと」

 

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