88歳の乙女として忠告したら失敗した!

ムツキ

◆ 大人としてのお仕事を ◆


 足を踏み入れた者は、みな恐怖するだろう。

 人の妄執とも言うべき極限が、ここにある。


 そこはこの国で一番の子供部屋――にあたるはずの場所だ。

 ドアノブすらも精緻せいち意匠いしょうらされた広い室内は、陽当たりすらも計算されている。

 三月中旬のぬるい風がルリフラの頬を撫でた。


 ルリフラは占術士として王家に召喚されている。

 突如として舞い込んだ破格の依頼に、大喜びの二つ返事をしたことは記憶に新しい。

 今では後悔しかない。


 数々の調度が似合いそうな部屋に在るもの、それはだ。いや、正確には『絵』しかない。

 絨毯じゅうたんすらもない。

 床に壁に天井に、おびただしい数の絵がひしめいている。物によっては直書じかがきで――全て同じ娘が描かれている。

 印象としては宗教画にも通じる構図で、娘の背にも翼がある。



 ここ、王子の……部屋と聞いたんじゃが……?



 一番巨大な絵の傍に立っている王子はこちらの前口上を聞いても、穏やかさに直立不動だ。

 無言のまま時が過ぎている。

 国王から召喚されたルリフラには仕事がある。曰く「王子が気鬱きうつを抱えているようなので悩みを晴らしてやってほしい」である。



 悩み……、コレ……に関係、する……か?



 所狭しと並ぶ娘の顔はどれもが美しい。だが、悲しいかな。これではどれだけ美しかろうが、狂気が先に立つ。

 占術士ルリフラもよわい八十八の大人である。同種族ドワーフでは若い方ではある。それでも一桁ひとけたとしの子に怯えたなど、プライドが許さない。


「人の子の王子よ、安心いたせ。ワシの占いは百発百中、人呼んで的中のルリフラよ! そなたの悩みなどズズイと溶かしてみせようぞ!」


 対するは今年八歳になった王子――ビト=レオナルド・ラロ・イストリア=イバニェスだ。血筋の良さからすでに次期様じきさまだろうとうわさされている人物である。

 齢八歳にしてこれだけぶっ飛んでいるのだから、将来が恐ろしい。ルリフラは吹き出る冷や汗を拭う。

 まさかのとんでもない場所に来てしまったと今更後悔しても遅い。

 この絵のモデルが哀れでならない。

 見るからに利発そうな少年は快活な笑みを浮かべた。


「占い? 神に反しとる。神の声きくんは神官や信徒で、せんじゅつしなんかとちゃう。呪われたらええ」


 実際ルリフラがもっとも苦手な事は占いだった。彼女は100%の確率で外す占い師なのだ。100%外すからこその、逆張り手法で『的中のルリフラ』と異名をとってきた。



 じゃが、この依頼……必要なのは占いではないの。

 大人、人生経験、そこからの助言じゃな!


 それならば、ルリフラにとて一日いちじつちょうがある。彼は占いを信じないと言っているのだから丁度良かった。


「……王子よ、ズバリ聞こう。お主の悩みは……恋、じゃな?」


 瞬間、少年は驚きのあまりビクリと震えた。

 目を見開き、愕然と呟く。


「な、なんで……!」


 馬鹿でも分かるだろう。

 この異常空間を見れば分からない方がおかしい。よくよく見れば神聖さのみならず、モノによってはエロスすら感じる構図もあるのだ。齢八十八の乙女にもなれば分かる。

 ルリフラはおごそかに告げる。


「分かるとも、人の子の王子よ。それをこのルリフラ、解決してみせようぞ」

「か、かいけつ? できるわけないやん!!」

「いいや、このルリフラ、占い師じゃが今だけは同じ女として助言いたそう」


 少年は奇妙な顔をした。


「いや一緒にせんといて」

「……長生きしてきた者の知恵を、披露しようではないか?」

「長生き?」


 胡乱うろんな目をする王子に「八十八歳になる」と告げれば大仰に驚く。何せ報酬は破格なのだ。ルリフラには敵前逃亡するつもりなどない。八十の年の差を越えて、相互理解を構築するのだ。


 やがて王子は「……聞くわ」と小さく呟いた。


 ルリフラは考える。

 ビトは国の継承権第一位の王子だ。将来有望に加え、顔も整っている。このまま可笑しな所さえ目をつむれば普通に大丈夫だろう。また、実物を傍におくことができればこのような真似もしないのかもしれないと考えた。


「恋愛の極意は『尽くす』ことなのじゃ。さすれば乙女は受け入れるであろう」


 まだ年若い王子は不思議そうに繰り返す。


「つくす?」

「うむ、真心を捧げるのじゃ! 相手がしてほしいと思うことの先回りをし! 自分がしてほしいと思う事をするのじゃ! さすれば……お主は三国一の花嫁をめとれようとも」


 最後はおごそかに告げた。

 相手は子供だ。真意の半分も通じていないだろうとは覚悟している。だが誘導しなければならないのだ。

 この狂気が可笑しな形で暴走しないように、娘を守る必要がある。

 少なくともこの会話で彼が「娘の意に添わぬ事はダメ」を理解してくれれば良い。そうした後の事まで考えて仕事をやり遂げるのが、真のというものだ。

 そうルリフラは信じている。


「……してほしいこと……」

「人の子の王子よ。してほしいことに限りはありませんぞ? 全部してあげたらよいのじゃ! 己を押し付けてはならぬ」


 王子はつきものが落ちたように、ふっと笑う。


「ありがとう、占い師のおばちゃん」

「おば……っ!! ん、まぁ、いい。人間とは年齢の数え方が違うんじゃがイイじゃろ?」


 一応のツッコミも王子には届かない。王子は晴れやかな顔で宣言する。そう、ルリフラは忘れていたのだ。

 それはとても大事なことだった。

 これほどの絵を飾る妄執をもった人間にGOサインを出す危険性を――。


「俺、結婚するわ」

「……人間て、ずいぶん早く結婚できるようになったんじゃな?」


 ルリフラは首を傾げた。


「うん、する! このと」

、と????」

「さっそく、大司教や! おばちゃんもでてなー!」


 少年は部屋を飛び出していく。

 ルリフラには分からない事が多すぎた。だが懐は潤うだろう。遠くから喧噪が聞こえてくる。

 少なくとも娘の安全は守れたはずだ。

 願わくば、ルリフラの忠言が元で可笑しな方向に突っ走ったとバレませんように。そうルリフラは祈った。



 うむ……巻き込まれる前に……いとまごいじゃな!!



(了)



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