連絡先が残されていない祖父の友人に会いに行く

カユウ

第1話

 ビジネスホテルの一室で、僕は少し古めかしい装丁のアルバムのページをめくる。僕が撮った写真はない。僕が写っている写真もない。祖父が撮った、祖父が写っている写真のアルバムだ。


「やっぱりこの辺だよな。電信柱の住所と同じだし」


 スマホの地図アプリが示している現在地の住所と、写真に写り込んだ電信柱に書かれている丁目までのが一致しているのを確認した。このビジネスホテルに泊まってから早三日。何度も見比べているが、つい確認してしまう。


「うーん、この人たちの家じゃないのかな。でもじいちゃんの住所録にもスマホにも那賀なかさんっていなかったし」


 このアルバムに収められた写真に何度となく祖父と一緒に写っている、祖父と同世代くらいの男女。同世代くらいの男女だけで写っている写真や、祖父と男性が肩をくんで写っている写真もあるので、祖父の知り合いのはず。だったら、必ず会って伝えなきゃいけないことがあるんだ。

 決意を新たにすると地図アプリを操作し、明日回ってみる場所の見当をつける。目印になりそうな場所にピンを打つと、ベッドにもぐり込んだ。


 前日の夜にピンを打ったポイントに向かっていると、すれ違った車のブレーキ音が響き渡った。


「事故か?」


 足を止めて振り返った途端、振り返ったことを後悔した。


「いたわね、冬彦ふゆひこ!」


 車から出てきたのは、叔母の栗生院貴美子くりゅういんきみこ。僕、栗生院冬彦が二十歳で、父が三十五歳のときに生まれたって言ってた。で、その父の実姉だから六十歳近いはず。だが、厚化粧に派手な服、ゴテゴテのアクセサリー以外を身につけている姿を見たことがない。そして昔っから自分中心で、思い通りにならないとヒステリックにさけぶことから、僕ら世代はヒス叔母とあだ名している。


「叔母さん?」


「あんたがすり替えたお父さんの遺言書を出しなさい!!」


 つかみかからんばかりに迫ってくる叔母から距離を取るように後ろに下がる。


「ちょ、叔母さん、なんのことだかわからないんだけど」


「お父さんの本物の遺言書よ!あんたがすり替えたんでしょ!わかってるんだからね!お父さんが遺産の半分をあんたに渡す遺言書を書くわけないじゃない!あんたが偽造したんでしょ!本物を出しなさい!出しなさいよ!!」


「持っているわけないでしょ。遺言書なんて……ぐっ」


 否定した瞬間、叔母の後ろから伸びてきた手に胸ぐらを捕まれ、いきなり殴られた。そのまま地面に落とされる。


「持ってないわけないだろうが。お前以外に誰が遺言書をすり替えるっていうんだよ」


 ヒス叔母の夫、暴力的でパチンコジャンキーの叔父だ。通称クズ叔父。ヒス叔母より十歳は年下らしいが、よく暴力沙汰で警察のやっかいになっているという。


「ってぇな。なにすんだよ」


「ああ?生意気な口聞くようになったじゃねぇか。ボコボコにしてからお前の荷物あさることに……っんだよ」


 僕の胸ぐらをつかみあげ、振り上げた叔父の拳をつかむ手が見えた。


「暴力沙汰はやめなさい」


「うっせぇな!家族の問題に首突っ込むんじゃねぇよ!離せ、おら!」


 年配者特有のかすれ気味の声に対し、クズ叔父が悪態をつく。つかまれた手を振り解こうとするも思うように振り解けなかったようだ。


「家族であっても暴力はいかんよ。警察を呼んだから大人しくしなさい」


「ちっ」


「あ、ちょっと、待って!」


 舌打ちをしたクズ叔父は僕の胸ぐらを放すと一目散に車に向かって行く。ヒス叔母も慌てたように追いかけていった。ヒス叔母が車に乗り込むと急発進させて逃げていった。


「……ありがとうございました」


「はっはっは、よいよい。大丈夫かい?」


 礼を言うと手を差し伸べられた。つかんだその手はしわだらけ。祖父の手を思い出す。


「あ、もしかして那賀さん、ですか?」


「おや、前にどこかで会ったかい?」


「僕は栗生院冬彦。栗生院茂くりゅういんしげるの孫です」


「しげちゃんの孫かい。……で、わしに何の用だね?」


「先日、祖父が亡くなりましたので、そのお知らせに。那賀さんのお名前が祖父の住所録になかったのですが、アルバムに仲良く写っていらしたのでお伝えしなければ、と」


 那賀さんは一つうなずくと、黙祷を捧げてくれた。


「ありがとう。よかったらばあさんにも会っていってくれんかの?」


 那賀さんの好意に甘え、家へと案内してもらう。家は祖父の写真に写っていたものとまったく同じだった。

 その後、那賀さんの奥さんが写真に写っていた女性とわかり、改めて祖父の訃報を伝える。奥さんも黙祷を捧げてくれた。祖父の友人だったのだろう。それからしばらく、祖父の思い出話に花を咲かせた。


「それでは、これで失礼します。那賀さんにお伝えすることができてよかったです」


「わざわざ伝えにきてくれてありがとう。今度、お線香をあげに行かせてもらうよ」


 那賀さんの家をあとにし、ホテルへの道を歩く。那賀さんの家で見た『じぃじ、ばぁば 米寿おめでとう!』と大きく書かれ、周りには寄せ書きや絵が描かれた画用紙が僕の頭に残っていた。

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