もしも

幻典 尋貴

もしも

 世の中には色々な“もしも”で溢れている。“もしも、亡くなった父に会えたら”とか、“もしも、このぼた餅が二つに増えたら”とか。

88歳になった今でも、それは変わらない。段々と死が近づくにつれて、考え始めたこともある。“もしも、あの日、彼を選んでいなかったら”なんて昔の恋の話まで。


 高校二年の夏休み前日のあの出来事を、まだ鮮明に覚えていることに、我ながら驚いた。

 授業後の掃除の時間で、ゴミ捨てのジャンケンで負けて、東雲君と二人で階段を下ってた時だった。

 「あのさ、付き合ってくれへん」

突然、言われた。

 東雲君はいつも皆んなを笑わせているクラスの人気者で、でも、女子同士の会話で出てくる様なタイプではなかった。どちらかと言えば、バカっぽいという印象が強い。だから、

 「なにそれぇ」

と、笑って誤魔化すことにした。すると、彼も笑って、「何でもないわ、アホ」と返してきた。

 その後は、東雲君が無理矢理笑いを取ろうとしていつもよりつまらないギャグを言い続けて、地獄の空気だった。


 その日の部活の時間。夏休み前日ということもあって、部室には私と奥君しかいなかった。奥君は、学年もクラスも一緒で、なんなら隣の席なのだが、いつも本を読んでいて、あまり話した事はない。だから、チャンスだと思った。

 好きな本や、好きな音楽、趣味なんかの話をして、思ったよりも私と共通点があることを知った。そして、思っていたよりも、普通に会話してくれることに驚いた。

 この日を境に、奥君とはよく話す様になった。そして、五年後に再開して、結婚まですることになるとは、当時の私は知らなかっただろう。

 だから、そう。この日が分岐点だ。


 あれから70年程経って、あの時東雲君の告白を受けていたら、どんな人生を送っていたのだろうかと考える。

 出来ないと分かっていても、“もしも”と考えてしまう事は、辞められない。

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