【KAC20225】 カレン88歳

もも太郎冠者

カレン 88歳

プーン プーン プーン


音 ・・・・

聞こえる ・・・・


うー さむい ・・・・

寒いぞ なぜ?

なんでこんなに ・・・・・

寒い

どうした



気が付いた。

アラームが鳴っている。

どうした?

何が起こっている?

そうか、思い出した。

脱出カプセルの中だ。

警報が出ている。

基本記憶域障害発生システムメモリフオールト

エラーメッセージを吐き出していた。

艦から脱出した時は当然異状はなかった。

燃料は?

大丈夫だ、まだたっぷりとある。

太陽電池ソーラーパネルは ・・・ 正常電圧 ・・・ 異状なし。

太陽追尾装置トラッキングメカは ・・・ 異常なし。

太陽光集光発電系ソーラーシステム ・・・ 集光レンズ ・・・ 熱媒体 ・・・異状なし。

よし、発電系は生きている。

救難発信機ビーコンは?

よし、生きている。


記憶装置システムメモリだけが死んでいる?

ダメだ、このままでは制御不能になる。

どこだ。

どこが死んでいる?

記憶系分割 ・・・・ 診断系ダイアグ起動 ・・・・

下か?

上は生きている。

記憶系切り離し ・・・・

不要なサービスは全て止める ・・・・

再設定 ・・・・ 


システムを再起動 ・・・・


緊急代謝系ノットフアルメタポライザーシステム再起動 ・・・・


冷凍睡眠系コールドスリープシステム再起動 ・・・・


REBOOT ON


いけるか ・・・・


よし、いける。


なんとかなる ・・・・

あとは救助を待てばいい ・・・・


もう一回 ・・・ 眠ろう ・・・・・


   * * *


頭が痛い ・・・・

くそっ どうなっている ・・・・


「 聞こえますか  聞こえますか  目を開けてください 」


眩しい ・・・・

ここはどこなんだ。


「気が付きましたね。

 動かないでください。

 動かないでください。

 今、冷凍睡眠から覚醒しました。

 身体は麻痺しています。

 だから、無理に動こうとしないでください。

 ゆっくりとリハビリを行います。

 私の言った事がわかりましたか。

 私の言った事がわかりましたか。

 私の言った事がわかったならばですね。

 目を、目を、3回、閉じてください。

 1 2 3 

 はい、ありがとうございます。

 いま、頭が痛いはずです。

 マスクから酸素をたっぷり送っています。

 それを吸ってください。それで頭痛は収まります。

 呼吸の訓練から始めます。

 はい、深呼吸しましょう。

 ゆっくりと行います。

 横隔膜を意識してください。

 横隔膜を意識してください。

 そこにゆっくりと力を入れて ・・・

 そう ・・・ そう ・・・ そう

 いいですよ。

 無理しちゃだめですよ。

 ポイントは【 ゆっくり確実に 】です」


こうやって、僕のリハビリは始まった。

僕は地球に帰還できた。

たすかった。

あの小惑星帯域アストロイドベルトでの交戦、そして、そこでの被弾。

艦を棄てての脱出ポッド。

そして冷凍睡眠コールドスリープ

なんにしても地球に帰ってこれた。


四肢の動作訓練から歩行訓練へとリハビリには、まるまる88日間もかかった。

看護婦さんがニコニコしながら、88日で歩けるのは早い方ですよと言ってくれた。

そんなものか。

どういう訳か、この病棟にいると時間の感覚がなくなっていく。

だいたい時計の一つぐらいあってもいいはず。

不思議と時計が無い。

廊下の壁にたいがい時計が掛かっているもんだ。

まあ、いい。

回復して身体が動くようになってから、時間を気にしたらいい。

今はステッキを使いながら歩けるところまできている。

あと少しだ、まともに歩けるようになるまで。

もうすぐ、この病院から退院できる。

ありがたい。

もうすぐ妻にに会える。

だいぶお腹も大きくなる頃、冷やかしてやる。


「どうですか、今日は中庭で歩行訓練しませんか。

 春の日差しはあったかくていいですよ。

 さあ、いきましょう。

 車椅子に乗ってください」


中庭の日差しは心地よかった。

陽だまりの中をゆっくりと歩く。小鳥のさえずりがきもちいい。

ゆっくりと歩く。横に看護婦さんが付き添ってくれている。

ある程度、歩くとやっぱり疲れる。

体力がゼロになっていた。

まあ、いい。

のんびり体力をつけるつもりだ。


中庭にあるベンチに座る。

日差しが気持ちよかった。


ふと見たら、年配の女性が車椅子を押している。

お婆さんが乗っている。

ゆっくりとこちらに向かってくる。

何気なく見ていたら、そのお婆さんと何となく目が合う。

なぜか僕はにっこりと笑って手を振った。

自分でもなぜそうしたか、わからない。

お婆さんはじっと僕を見続けていた。

すぐ近くまでやってくる。


「おとーしゃん。

 おとーしゃん。

 おとーしゃん」


なぜか、そのお婆さんは僕をお父さんと呼び、

手を伸ばして僕にさわろうとしている。

車椅子を押していた年配の女性は、それを見てびっくりしている。

お婆さんの手が僕の腕をつかむ。


 「おとーしゃん。

  おとーしゃん。

  おとーしゃん」


うむ、どうしたものか。

少し困る。

あら?

年配の女性が涙している。

「どうしたのですか」

僕は声を掛けた。

「母、認知症を患って声が出なかったのです。

 でも、おとーしゃんって ・・・ すいません」

うーん、認知症か、僕も返答にこまる。

まあ、いいか。僕はお婆さんの手を握りしめた。

お婆さんの手を握るのは、なんだか妙にうれしい。


 「おとーしゃん。

  おとーしゃん。

  おとーしゃん」


お婆さんがにこにこ顔で喜んでいた。

結局、10分ぐらいそうしていただろうか。

「そろそろ時間です」

その言葉に気まずいものが生まれる。

仕方ない、僕はお婆さんに別れを告げて病室に戻った。


あくる日、また中庭に出る。

春の日差しが心地いい。

心地いい日差しの中を歩く。

ゆっくりとゆっくりと、だいぶ歩ける。

気付いた。

お婆さんだ。

また来ている。

僕は笑って手を振った。

お婆さんの顔がパッと晴れやかになる。ふしぎだ。

ベンチに座って、また手を握る。お婆さんの笑顔、それがなんだかうれしい。

 「おとーしゃん。

  おとーしゃん。

  おとーしゃん」

その声が弾んでいる。なんだかうれしい。

年配の女性がまた涙している。でも見てないふりをする。

「はい、お父さんですよ。

 いい子にしていましたか」

おもわず、そう声を掛けてしまう。

にこにこ顔、こちらも思わずにこにこ顔になる。

そうやって、手を握る時間は楽しいモノだった。

やがて時間になる。別れ際に僕は聞いてみた、お婆さんの名を。

「母の名前はカレンといいます」

カレンか。

いい名だ。

その日一日、僕はいい気分だった。

消灯の時、看護婦さんが笑顔で聞いてくる。

「ごきげんみたいですね」

「うん、あのお婆さんの名前がね、僕の娘の名と同じなんだ。

 まだ生まれていないけどね。

 カレンと名付けるつもりなんだ 」

そうやって、まるまる一週間、そのお婆さんと巡り合った。

お婆さんの顔を見るのは楽しい。元気が出る。

この一週間で僕の体力もかなり回復している。どうにか、日常生活はできそうだ。

無理はできないが、何とかなると思う。


翌日の朝、看護婦さんが僕に聞いてくる。

「お昼は中庭で食べませんか」

看護婦さんが中庭での昼食を勧めてくれる。

「いいの、あのお婆さんがくるでしょ。

 なんだかね、あの人におとーしゃんと言われるのはうれしいのよ」

「お婆さんはお弁当だそうです。ご一緒でもよろしいのでは」

「そうなの。僕はいいけどね」

そして、僕はお婆さんと一緒にご飯を食べる事になる。

もっとも彼女にスプーンで弁当を食べさせるのだけどね。

不思議と楽しかった。

年配の女性、娘さんだけど、ずっと涙目だった。

モグモグと食べるお婆さんの姿が、やっぱりうれしいみたい。

お婆さんは、お婆さんで僕と会うのがうれしいみたいだ。

なんとも不思議なもんだ。

僕は僕で、お婆さんにおとーしゃんと呼ばれると不思議と力が湧いてくる。

お婆さんは脳梗塞で手が不自由だった。

話言葉がまるで4歳児みたいで、かわいい娘にお弁当を食べさせている気分になる。

そうやって、お婆さんと僕との間に濃密な時間が流れていく。

結局、そんな一週間過ごすことになった。


ようやく、退院できる。主治医が僕に伝えにきた。

「 明日退院です。お話があります。

 よろしいですか 」

僕は頷いた。

「よく聞いてください。

 実はあなたが脱出カプセルに乗って、救出されるまでに88年経っています。

 2098年でしたね、出撃したのは。今は、2186年です」

なんだって。

衝撃だった。88年も経っている。

カレンダーを見せてくれた。2186 ・・・・

僕はいくつなんだ、115歳 ・・・・


「あなたの親族がお迎えに来ています」

ドアを開けて人が入ってくる。あのお婆さんを先頭に何人もの人が。

「あなたの娘さんのカレンさんです。今年で88歳になります。

 そして、親族の皆さんです」

「妻は、僕の ・・・・ 妻は ・・・ 」

「残念ですが28年前にお亡くなりになっています」


年配の女性は僕の孫だった。


みんな泣いていた。


「おかえりなさい、おじいちゃん。

 おばあちゃんはずっとおじいちゃんの帰りを待っていたのよ。

 おかえりなさい」

後ろから花束を持った女の子が僕の所にくる。


玄孫だった。


妻に ・・・ 妻の若い頃にそっくりだった。


僕は泣いた。


妊婦だった妻は ・・・ 生まれた娘に、

ちゃんとカレンという名を付けてくれていた。


僕は娘を抱きしめた。


僕は玄孫を抱きしめた。


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