この世界におけるヒーローは嫌われ者です。

ゼフィガルド

お題は『1話で投げっぱなし』です

 少年は恐怖に顔を引きつらせていた。切り裂かれた衣服の合間から見える肌に走る切傷は深く、押さえている指の隙間からも血があふれ出ていた。


「た、助けてくれ」


 涙を流しながら懇願したが、聞き入られる事は無かった。無慈悲に振り下ろされた巨大な刃物が少年を唐竹割に切り裂いた。内容物が地面に零れ落ち、周囲を赤く染めた。


「後。一人」


 地の底から響く様な怨嗟に満ちた声を漏らしながら、目の前の惨状を作り出した存在は、その姿を周囲へと溶け込ませながら消えていった。残されたのは両断された死体だけだった。


~~


「連続殺人事件。またもや『グリガルド』の仕業。か……」


 昼下がり。源武丸はサンドイッチを頬張りながらスマホでニュースを見ていた。関連記事にも同じく『グリガルド』の文字が並び、その内容も似たり寄ったりであった為。画面を閉じて、音楽の再生へと切り替えた。

 スマホから目を外せば、公園内のブルーテント付近で浮浪者達が集まって、線香を上げていた。何事かと思い、彼はそこに近付いて事情を尋ねた。


「すみません。なんかあったんですか?」

「俺達の仲間が殺されて1ヶ月が経つんでな。その供養だよ」


 見れば、誰もが必要な面持ちを浮かべていた。その空気に感化された彼もまた、線香を前に両手を合わせていた。


「こんなに沢山の人に悼んで貰えるだなんて。良い人だったんですね」

「あぁ。シゲさんは良い奴だったよ。いつも明るくて、酒やら何やらを持って来てくれた人だった」

「そうですか。でも、殺されたって穏やかな話じゃありませんね。警察には相談されたんですか?」

「ケッ。警察が俺達みたいなホームレスを相手にしてくれるかよ」


 悪態を付く男を見ながら、源は昨今の情勢を考えれば。それも仕方がない事だと思えた。そっと、その場を立ち去ろうと振り返った所で。紫色のスーツにパンチパーマを施した男が手を上げて、近づいて来た。


「よォ。源。仕事の時間やで」

「分かりました。北条さん、直ぐに現場に向かいましょう」


 公園の外に停めていたバイクへと乗り込んで向かった先。そこには全身が黄色のケーブルで構築された人型の異形が、肥え太った男の首を絞めていた。

 周囲の者達は非難する者、その様子を動画に収める者、中には囃し立てる者すらいたが、それらの存在を意にも介さず。源達は身に着けていたチョーカーの指紋認証部分に指を翳した。


「『黄色』か。それならあんまり強くないし。楽勝やろ」

「身ッ!!」


 全身を人工筋肉で構成された強化外骨格が覆い、すかさずケーブルだらけの異形を殴り飛ばし、被害を受けていた男性を救出した。そこで飛んで来たのは、彼らの活躍を歓迎する声……では無かった。


「おい。何しやがんだ! クソヒーロー! 折角の制裁劇が台無しだ!」


 周囲から飛んで来たのはブーイングだった。しかし、そんな声に動きを抑制される事も無く。彼らは慣れたコンビネーションを持って、その怪人を撃破した。

 そんな彼らの正体を探ろうとする野次馬達を振り切り、追手を撒いた事を確認すると。変身を解いた。


「北条さん。今、襲われていた奴は何だったんですか?」

「いわゆる。迷惑系動画投稿者って奴やな。皆から顰蹙買うてたみたいやし。襲われるのも当然やろ」

「そうですか。グリガルド……。アイツら、何者なんですかね?」


 グリガルド。それは、ある日を境に日本全国に出現した怪人達の総称である。動物や無機物等、その色や姿形は様々であったが。それらは一般的な怪人のイメージにはない特徴を持っていた。


「ワシらも調査中や。でも、アイツらは多くの人々に慕われとる。その理由は分かるよな?」

「アイツらのターゲットが『悪人』に限定されているから。ですか?」

「せや。アイツらは誰しもを襲う訳やない。誰もが憤るクズばっかり襲っとる」


 出現した当初は皆から恐れられていたが、やがて彼らが悪人や犯罪者しか狙わないという事を知ると、掌を返した。

世間ではグリガルドを褒め称える意見が溢れ返り、それらの被害を防ごうとする政府直轄の組織の構成員である源達にバッシングが飛び交うのが日常茶飯事となっていた。


「だからと言って。私刑に賛同する声が持て囃されるのは危ういですよ。自分がそのターゲットになるかもしれないのに」

「皆が皆、そう言う感想を抱いてくれると良いんやけれどな。一仕事終えて悪いけれど、次の仕事や」


 渡されたスマホの画面には次の仕事先の情報が載っていた。差出人は匿名であったが、指定された場所へと向かうと。そこには目を見張るような豪邸が建っており、執事に案内された先に待ち構えていたのは、海外のスーツに身を包んだ上品な壮年の男性だった。


「よくぞ来てくれました。ご依頼の件についてですが」

「息子を守ってくれって話やろ?」

「はい。何分、社長ともなると何処で恨みを買っているかも分からぬ物ですから。入って来なさい」


 その呼びかけに応える様にして入って来たのは、部屋全体から漂う品性からは掛け離れた、髪を染め耳や鼻にピアスを通した。チーマーと見紛う容姿をした少年だった。


「親父。本当にコイツらって役に立つのか?」

「あぁ。間違いないよ。何だってグリガルド撃破率上位の人達だからね」

「よろしくやで」


 北条が差し出した手は乱暴に握り返された。その後、源達は少年の部屋へと案内された。執事が去った後、周囲に監視カメラ等が設置されていないことを確認した後。北条は尋ねた。


「護衛依頼されるって事は、自分。なにしたん?」

「別に大したことしてねーよ。社会のゴミを片付けていたんだよ」

「……ホームレス狩り。か?」


 源の脳内に浮かんだのは昼下がりに見た浮浪者達だった。それが図星だったのか、少年は手を叩いた後。源を指差した。


「正解! ダチとつるんでよ。俺達のテリトリーにゴミ漁りに来る奴を痛めつけてやったら、そのまま動かなくなってさ」

「そのダチさんはコイツらか?」


 北条が手にしていたスマホには、源が昼間に見ていたグリガルド被害に遭った者達の名前が書かれた記事が表示されていた。それを見た少年は、憤りを露にした。


「マジ意味わかんねぇ。先に社会や俺達に迷惑掛けたのはアイツらの癖に。何で俺達が殺されなきゃいけねーんだよ!」


 殺してなお、死者を冒涜するかのような言葉に反応する様にして、窓ガラスを叩き割って部屋内に黒い影が侵入してきた。

それは浮浪者の様な格好をしていた為。一見すると人の様に見えたが、袖口からはカマキリの様な腕が覗いており、その両目は赤い複眼が煌々と輝いていた。


「不味いな、『黒色』か。このガキが殺人やった時から想像は出来とったけれど」

「身ッ!」


 直ぐに戦闘態勢に入った。昼間に戦った怪人とは膂力も素早さも桁違いに強く、鎌の様な腕はベッドや調度品を易々と切り裂き、翅の振動は部屋内のガラスを割った。


「源。倒せるか!?」

「やるしかありません!!」


 二人が怪人と戦っている最中。部屋からは少年の姿が無くなっていた。逃げ果せたのだろうと安心したのも束の間、目標物が居ないと分かった怪人は直ぐに窓から飛び出して行こうとした所で二人はその巨体にしがみ付いた。

 しかし、不思議な事にその怪人は二人を振り落とそうとはせずにそのまま飛行を続けた。しがみ付いている二人もまた、落ちてはただで済まない為。攻撃することが出来ずにいた。


「どうして、コイツは俺達を攻撃しないんでしょうか?」

「……聞いたことがある。グリガルドは目標物以外に被害を出すのは避けとるって。それでも被害は出とるけれど」


 暫く、飛翔しているかと思いきや。彼らは衝撃と共に着地した。そこは昼間に来ていた公園であり、何故か少年もそこに居た。周囲にはいつの間にかホームレス達も集まっており、その内の一人が怪人の姿を見て声を上げた。


「嘘だろ。その服装、アンタ。まさかシゲさんか!?」


 怪人はその言葉に驚いた様子を見せながらも頷いた。そして、その双眸が少年を捉えていると分かるや否や、彼らは事情を察した。


「シゲさんがグリガルドになって、狙っているってことは。このガキがシゲさんを殺した奴か!?」

「そう言えば、このガキ。見た事あるぞ! 俺の棲家を放火しとった奴だ!」


 少年に殺意と敵意が注がれる。その様子に動きを止めた隙を見逃さずに二人は攻撃を叩きこんだ。その一撃で大きく吹き飛び、止めを刺そうとした所で。彼らの前にホームレス達が立ちはだかった。


「どけや!」

「どかねぇ! 今度こそ。俺達はシゲさんを殺させる訳には行かねぇんだ!」


 北条の一喝に怯む素振りも見せずに彼らは徒党を組んで怪人の前へと出た。それに対して源が叫んだ。


「だったら、貴方達はその子が殺されても良いって言うんですか!?」

「そう言うお前らは、シゲさんが殺された時に何をしてくれたんだ!? 俺達が虐げられている時に何をしてくれたんだ!? なのに、加害者の事は守るって言うのか!!」


 次第に口論はヒートアップして行き、その光景に神経を逆撫でにされたのか。二人の背後に隠れていた少年も声を上げた。


「うるせぇ! お前達のせいでどんだけ店や周囲が迷惑していると思ってんだ! 社会のゴミの癖にヒーローの邪魔をするんじゃねぇ!」


 その言葉に怪人の双眸は紅く光り、源達の前へと跳躍した。振り下ろされた巨大な鎌を受け止めながら言う。


「何故。コイツを守る」


 地の底から響くような声。聞く物が聞けば心臓を鷲掴みにされたと思う程に怨嗟と怒りの詰まった声だった。それを受けながら、源は迷うことなく答えた。


「違う。俺が守りたいのはお前達なんだよ」

「よっしゃあ! 俺がトドメ刺したらぁ!」


 彼の答えが聞こえたか否か。背後から飛び出した北条の一撃はシゲを仕留めたかと思いきや、その一撃を防ぐ者がいた。

 左半身は真っ白で流線型のフォルムをしており。右半身は闇に溶け込むかのような真っ黒さで幾つもの突起や鋭角で形作られていた。


「悪いが。コイツを殺させるわけにはいかん」

「誰やお前は!?」

「我々は『パンドラ』。絶望より生まれし、真の希望だ。贋物共め」


 彼はシゲと呼ばれていた怪人を抱えるとそのまま宙へと浮かびさり、その姿を消した。その一部始終を見ていた少年が叫ぶ。


「なんで殺しきらないんだよ!? じゃないと。アイツが俺を殺しに来るかもしれないだろ!?」

「言いたい事言いやがって。テメェなんか死んじまえばよかったんだ!」


 怪人が去ったというのに殺意と敵意は膨れ上がるばかりだった。そんな二者の間に立った源は、少年の方を向きながら言った。


「アレが。君の犯した罪の形だ。逃れる手段は罪を償うしかない」

「はぁ!? 嫌に決まってんだろ! なんで……」


 とまで言いかけた時。目の前で膨れ上がる殺気に、先程の怪人の姿を幻視した。その気勢に押される形で少年は罪を償うとだけ呟いた。


~~


 そして、数日が経った。新聞やニュースサイトを開いても、先日の少年の件が報じられることは一切なく。風の噂によれば、遠くの街へと引っ越したと聞いた。


「結局。お前の約束は反故にされたんや。気の毒やったな」

「本当に気の毒なのは、あの少年ですよ。これからずっとグリガルドの陰に怯えて過ごさなきゃいけない。本当に救われたければ、自らの罪と向き合うしかなかったというのに」

「そんなんも分からんから。グリガルドが生まれんねん。……そう思うと。遣る瀬へんよなぁ」


 罪を犯した人間を助ける為に動く。しかし、助けようとする相手が罪人なら。危害を加えようとするのが被害者からの復讐だとすれば。果たして、自分達が行っている事は正しい事なのか。人々の心に寄り添えているのだろうか?


「それでも。中には本当に後悔している人も、償おうとしている人達も居る。そんな人達の為にも復讐だけが救済だと思いたくないんだ」

「さよか。そう言えば、お前もそうやったな」


 その言葉に頷いた。暫しの沈黙が走った後、北条のスマホが鳴った。そこにはグリガルドが出現したとの報せが入っていた。


「北条さん」

「それじゃあ。今日も行こうか!」


 曇った顔を使命感で奮い立たせながら、彼らはバイクへと乗り込んだ。世界征服を企む悪の組織も無く、彼らの活躍を讃えてくれる者達も見当たらない。

 それでも、彼らは譲れぬ思いを抱きながら。心の内に抱えた矜持を果たすために、今日も死闘へと身を投じていくのであった…。

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