第五十三話


「――ちょいとあんた達、さっきから何なんだい? 『菊の井』の葬式だってのに、ずっとニヤニヤしてさ。礼儀ってものがなってないじゃないか。死んだお力への文句や愚痴もそうだけど、あの子の良い人についても、面白おかしく言ってやろうってんなら、あたしらが黙っちゃいないよ」

 黒っぽい着物を着たおかくと、『ふた』の酌婦達だ。

 彼女達は自分の腰に手を当てたり、胸元で両腕を組んだりしながら、ニヤつく男とうま達をギロリと睨みつける。

 いつもより薄い化粧ではあるが、これまでしんさんめてきた女達の睨みはくようで、数人が気まずそうに視線をそらし、男との無関係さを装いだす。

 お角は、お力に次いで人気の酌婦だが、はくじょうなことでも有名な女の登場に、それまでてきな笑みを浮かべていた男が目を丸くした。

「おいおい、『双葉屋』のお角が何の用だよ。お前の店のことではないのだし、噂の一つや二つくらい、良いじゃないか」

「良くないね。同僚が死んで、ただでさえ悲しいってのに、なんだって関係のないやつに好き勝手に言われているのを、黙って聞いていなくちゃならないんだ。だいたい、あんたの言う『旦那』ってのは、じんりきしゃで有名な人だろう? あいにくだけど、今日の葬式は、その人がやってくれてるんだ。葬儀までの費用も、日雇いの人数集めも、全部その人が負担してくれてね」

 お角の話に驚いたのは、男だけではなかった。

 それまで、馬鹿にした目でを見ていた全員が、目を丸くして、いっせいにお角を見たのだ。

 そんな彼らの様子に眉をひそめたお角は、鼻を鳴らして胸を張った。

「あの人はお力ひとすじだったけれど、店のことも考えて動いてくれた。そんな人を面白おかしく笑うために来たっていうんなら、今すぐかえんな。不愉快だ」

 あでやかな顔立ちで堂々とするお角の言葉に、心当たりがある者は、一人二人と、通りの先へ進んで行く。

 数分もすれば、人だかりはほとんど消え、お力を馬鹿にしていた男も、いつの間にかいなくなっていた。

「ったく。あれくらいで話をやめちまうんなら、最初から来るなって話だよ」

「まったく、その通りだねえ」

 お角と共に、野次馬を追い払いに来た酌婦達が笑っている間に、お力の葬列は遠ざかり、さいこうの姿も見えなくなった。

 無事に見送れたと、安心して軽く息を漏らすと、店に残っていたおてるが、「ありがとね」と、お角に頭を下げてきたのだ。

「本当はさ、同じ店の私が言わなくちゃいけなかったのに、代わりに言ってくれてありがとう。助かったよ」

「気にしなくていいよ。同じ仕事をする仲間だったんだし、男に苦労していた子だったからねえ。最後くらいは、味方してあげたかったからさ」

 お角の言葉に首をかしげたお照は、「味方って、何のことだい?」と聞くが、お角はにっこりと微笑むだけで、何も答えなかった。

 お角達も去り、ひとがきも消えた場所に風が吹く。

「……全部終わった後で、せんこうくらいはあげてやるよ」

 風に乗って飛んでいく声に、黙って耳をかたむける者はいない。



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