第四十四話
「私の父という人は、三歳の時に、
酒で
「今も昔も、体のどこかしらに不自由を抱えた人に対しての世間の目は冷たく、父は、健康な人が大勢いる場所で働くのは嫌だと言って、自宅で一人ででも出来る仕事をしておりました。当時は、
皮肉な話の区切りに、ゆっくりと酒を飲み込む。
ぼんやりとした目で
そうしてまたゆっくりと酒を飲み込むと、湯呑みを膝の上に置き、遠い目に戻っていく。
「……ああ、あれは、私が七歳になった年の冬でございました。今でも、鮮明に覚えております。最も厳しい寒さが続く時期に、親子三人で、使い古した
懐かしむように話す彼女だが、その目は
部屋に置かれた
「久しぶりの買い物です。米屋の前までは嬉しくてたまらず、寒さも感じずに思いきり走って行けたのですが、帰りになると寒さが身に染みてしまい、ブルブルと震えながら、足早に家へと向かいました」
この話をしている今は、夏の
じんわりと
顔色も悪くなっていき、この話の最後が見えてきたように思えたが、結城はやはり何も言わず、静かに酒で飲み込んだ。
「……
真っ赤な唇を震わせ、白い化粧越しにもわかるほどに顔色を悪くしたお力が、両手のひらを握りしめた。
運の悪いことだと、
そう思いながら、結城が二口目の酒を飲み込むと、彼女はうつむいて話を続けていく。
「……少しだけでも戻らないかと、何度も何度も板の隙間から中を覗いてみましたけれど、あんな小さな
唇を噛みしめ、彼女は漏れそうな泣き声を飲み込んだ。
「……その場で立ったまま、しばらく泣いていましたけれど、『どうした』と声をかけてくれる人などおりません。泣いている理由を聞いたからといって、『代わりを買ってやろう』と言う人は、なおさらいませんでした。そんな
ニコリと笑うその笑みは、いつもと違って作り物めいている。
それでも話は止めず、お力は続きを話す。
「……どうしよう、どうしようと悩みながら泣いていても、どうにもならないことはわかっていました。あの時、近所に川か池か、飛び込める水場があったのならば、私はきっと身を投げてしまっていたことでしょう。そうやって、この世から消えてしまえていたら、こんな自分にも……ならなかったのかも、しれませんのにね……」
「……私の帰りが遅いのを心配した母親が、外まで探しに来てくれたのをきっかけに、どうにか家へは戻れましたが、私が転んで米を落としてしまった話を聞いた母は、それから何も話さなくなり、
結城の口から、否定の言葉は出てこない。
「時々二人から、残念そうなため息が漏れてくるのを聞くうちに、私は身を切られる以上に情けなく、
そこまで話したところで、当時を思い出してしまったのだろう。
お力は涙声で、「私は」と言いかけたが、言葉を止め、
それで顔全体を
そうやって彼女は何も言わないまま、三十分か一時間か。
時間は、どんどんと流れていく。
酒にも手をつけず、彼女が再び顔を見せるのを待つ間、時間だけが彼に寄り添い、静かに通り過ぎていくだけだった。
そんな中でも、動くものはあった。
酒の香りを恋しがって寄ってくる
誰かの声に聞こえるその音だけが、静まり返る部屋の中で、悲しげに響き始めた。
その中に混じる、お力の声。
噛み締める歯の奥で
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