第二十九話
視線の合わない夫への不満を飲み込み、噛んだ唇から続きを話し出す。
我が子の前で話したくはなかったが、今は仕方がない。
「そんなところにいる者達など、到底まともではありません。
裏道にある酒屋の若い者は、真面目で優しいと評判の男だった。
幼くして
主人の覚えめでたく、
そんな男が、自分と同じように女で落ちぶれているとは知らず、源七はお初に視線を向け、先を
ようやく話を聞いてくれると
「未来ある若い者が、人生を棒に振ってまで自分に尽くしてくれていたというのに、恋仲にまでなったお
お初はうんざりした様子で話を終え、冷めた
源七も食べかけの
これで終わりかと源七が思った時、お初は真っ直ぐに彼を見て、強い眼差しをぶつける。
「そんな二人について考えてみたのですが、お角のやったことは商売人の
そう言って源七を睨みつけたお初は、箸を置いて姿勢を正す。
「お前さん。今が大事な時なのですよ。『菊の井』のことはもう言いません。あの女のことを責めるのも控えます。ですからもう、あの女に会いに行くのはやめてくださいませ。あの女のことで悩むくらいなら、気を取り直し、今やっている
視線を合わせながら話すお初だが、最後は軽く視線を外した。
物分かりの良い女房ではあるが、「夫が愛人を囲うという面で潔癖なところが、まだまだ妻らしくない女だ」と、源七が遊び仲間に愚痴っていたことを彼女は知らない。
それに、お初が口にした小紫と揚巻は、どちらも
小紫は実在の人物で、同じく実在したという
小紫と権八は、恋人として思い合っていたそうだが、地元で父の同僚を惨殺したことが原因で江戸に逃げてきた権八にとっては、とても逢い続けられるような女性ではなかった。
そのため、生活に
大勢を辻斬りした殺人犯が虚無僧になるのは難しかったが、彼を匿った寺の者が
そのまま虚無僧姿で尺八を吹きながら、故郷へと帰ったが、父母はすでに死亡していたため、彼は間もなく自首したという。
強盗殺人の罪で死刑を言い渡された権八は、
その遺体は、どこかの寺に埋葬された。
その知らせを受けた小紫は、吉原を抜け出した後、彼の後を追って
二人がいたという
もう一人の揚巻は、歌舞伎ものに登場する女性の名前で、
助六は歌舞伎における演目の一つの通称で、決まった人物を指すわけではない。
しかし、
現在では『
そういったことも踏まえ、
この作品で助六は、
さまざまな男達に喧嘩をふっかけては刀を抜かせ、『友切丸』かどうかを確認しようとするが、そこで登場する
揚巻は頭が良く、とても
助六は、自分の愛人である揚巻に言い寄る意休と接触し、どうにかして意休に刀を抜かせようとするがうまくいかず、
兄との喧嘩、男装した母・
そうして一人残された助六は、自分の正体に気づいていた意休に、「源氏を裏切れ」と
どちらの女性も美人でありながら情に厚く、一途で優しい女性として知られているが、最後には男を破滅させる原因となる。
だからこそお初は、お力と並べて、
しかし、そんなお初の考えに気づかない源七は、まだ金があった頃に食べた
現在でもその名が残る助六寿司は、遊女・揚巻の名前から取られている。
そんな
(いずれはお力にも、腹一杯食べさせてやろうと考えていたなあ……)
源七が昔を思い出しかけた時、お初が「お前さん」と、厳しい声を出したのだ。
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