第十一話

 

 お力が心配しているとは思わないお高は、話の調子が乗ってきたのか、男の顔を見るなり「旦那のお仕事――勤めている職業を当てて見せましょうか」と言い出した。

 やけに丁寧な口調で言われたためか、男も恐縮だと言わんばかりに体を小さくし、「なにとぞよろしくお願いいたします」と笑いながら手のひらを差し出す。

 しかしお高は「いいえ、そうする必要はありません。人相で占いますので、手は引っ込めておいてくださいね」と言って、さも自分は占い師だと言わんばかりの堂々とした表情になる。

 そうやって男の顔を自分に向けさせると、穴が開きそうなほど見つめ出して占いの真似事を始めた。

 お力が頭を抱えるように、自分の額を手のひらで押さえ出したことにも気づかず、男は「よせよせ」と笑い出し、「あれこれ詮索するようにじっと見つめられ、たなおろしとばかりにあれこれ欠点まで言われ出してはたまらない。こんなふうに見えても僕はかんいんだ。国家公務員だよ」と言ってきた。

「嘘を言わないでくださいよ。日曜日以外に、月曜であっても水曜であっても、お構いなしに遊び歩く官員様がおりますものか。ねえ力ちゃん、とりあえずこの人は、どんな御方なのだろうね」

 お高が面白そうにお力へ話を振れば、お力はさも知っているかのように「化け物ではいらっしゃらないよ」と笑う。

 その場の思いつきで冗談を言ったのが気に入ったのか、男は愉快そうに「答えがわかった人にはご褒美だ」と、ふところから財布を出し、敷かれた布団の上にポンと置いた。

 男の言葉にお力は笑いながら、「高ちゃん、失礼を言ってはならない」と言うと、布団に乗せられた財布に目もくれず、空になった銚子を盆の上に置いた。

「この御方は、どこかの偉い身分のぞくさまだ。今はお忍び歩きをなさっていて、こういった店を珍しがりながら遊んでいるところなのさ。そんな御方にどういう仕事があるというのか。そこらの庶民のように、汗水垂らして仕事なんかできやしないよ。それだけ偉い方なんだから、官員様でもないのさ」

 男の言った言葉をからかい混じりにお力が繰り返すと、お高はクスリとも笑わずに「力ちゃん、それはいけないよ」と叱った。

 女二人からすれば、汗ひとつかいたことがないような見た目の彼に対して、国家公務員なんて大層な仕事はできないだろうし、そもそも働いたことすらないということは薄々わかっていた。

 お高はここで本当のことなど言わずに、黙って受け流そうとしていたのだけれど、お力が冗談交じりに嘘を指摘してしまったため、お高は冷や汗が出るほど驚いてしまい、とっさにお力を叱ったというわけなのだ。

 それでもこのまま黙っているわけにはいかないと男を見るが、彼は黙って立ち上がり、女二人を見下ろすと、近くの柱に寄って行く。

 それを不気味に感じたお高の近くで、お力は目もくれずに男の財布へと手を伸ばした。

「酒の席のあいかたになったたかに、この財布をお預けなさりませ。店の者達全員に、ご祝儀でも配っていただきましょう」

 お力はそう言って財布を開けると、次から次へと中身を引き出しては布団の上に広げていく。

 相方と言われたお高は、お力の手の早さを見つつ「誰が高尾だよ」と不服そうな顔を見せた。

 お力は遊郭で有名な高尾という名の遊女を引き合いに出しているのだろうが、自分と彼女とでは天と地、いや月とスッポンの差だとお高は言いたそうだ。

 それでもお高が言わないのは、ここからがお力の良いところであり、悪いところでもあると知っているからだ。

 客の男はといえば、近寄った柱に体を預けると、もたれかかるようにして体を斜めにし、そのままお力の様子を眺めて小さく笑っているだけだ。

 普通なら「何をするんだ」と怒りそうなところだが、男は文句の一つも言わずに「なんでもあなたにお任せいたします」と言って、また笑うだけだった。

 なんてかんだいな人なのだとお高は思ったはずだ。

 しかし、お力に対しては呆れた目を向けつつも、これから起こるであろう出来事を期待しているようにも見える。

 それでも遠慮なしに財布の中身を次々と出しては、男のことなど目に入らないかのように金を数えるお力の様子に、お高もさすがに驚いたようで、「力ちゃん、ほどほどにしなよ」と諭すように言うものの、その声は穏やかだ。

 お力も「なんの、これでいいのさ」とだけ返事をして、手を止めることはない。

「これは高ちゃんに、これは世話になった姉さんにやろう。金額の大きいおさつは店のちょうで支払い分を引いてもらって、残りは店の女達みんなにあげてもいいと仰ってるんだ。あんたもお客様にお礼を伝えて、このまま頂くといいよ。ああ、帳場での分もしっかり頂きなよ」

 お高の分まで用意し、店の人達の分までちゃっかり頂こうとするのだから、この女はあなどれない。

 お力が勝手に決めても文句を言わない男に対して、お高も遠慮する気持ちが失せてきたのか、勢いよくらされたお金を見ながら微笑んだ。

「これがこのじゅうはちばんなんです。こうやってお客さまを困らせて、気を引くのが得意なんですよ」

 いやいや。いくらお力でも、無遠慮にそんなことはしないだろう。

 お力を知る仕事仲間がいれば、横からそう言われそうな話だ。

 けれど気前の良さそうな客を前に、絶好の機会だとばかりにお力のやり方を説明すると、彼女は下心がある笑顔で客を見上げた。

「旦那、よろしいのでございますか」

 最後の念押し、いや駄目押しとばかりにお高が問いかけると、男はにっこり笑ってうなずいた。

 言葉はないものの、了解を得たと喜ぶお高は「ありがとうございます」と礼を言い、撒き散らされたお札をかき集める。

 そうやって自分の分を全て取ると、もう一度お礼を言いながらひとさらいのようにお金をさらっていった。

 そんなお高の後ろ姿を見た男は、「十九にしては老けているね」と笑う。

「よくないことを仰いますね。高尾に聞かれたら一大事でしょうよ」

「まあ、そう言うな。本当のことだ」

 自分で言った言葉が笑いのツボに入ったのか、男はそのまま声を出して笑い続けるが、お力は出した金を全て財布に仕舞うと、立ち上がってしょうを開けた。

 開いた障子の向こうには外が見え、お力は木製の手すりに近寄って窓枠に腰掛けると、痛む頭をトントンと叩き出してため息。

 暮れていく空を見ながら、客がいるにも関わらず遠くを見つめ出すお力は、どこか寂しげで色っぽく、男の目を引いた。

 そんな姿を見ながら「お前はどうする。金はほしくないのか」と男が問いかけると、「私は別に欲しいものがございましたので」と、お力は自分のおびに手をかけた。



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