第四話
その言葉と態度にムッと口元がすぼんだけれど、彼女は気にせず団扇を一扇ぎ。
「ご意見はしかと承りまして、心に留めておきます。けれど、私はどうもあんな奴は虫が好かないものだから、縁が無かったと諦めてもらうしかありません。そうなさってくださいませ」
「ね?」と微笑んで念押しされるが、まるで他人事のように話す彼女に、私はもう呆れるしかなかった。
「呆れたもんだよ」
口に出してそう言うと、思わず笑ってしまう。
「あんたは選べるからいいよ。そうやって好き嫌いが言えるくらいワガママが通るんだから、贅沢なものさ。だけどそう考えるようになるのは仕方がないことなんだろうね。こんな身の上になったら、ね」
こちらを向いた彼女の手から団扇を取り、暑さで感覚が鈍くなった足元を仰ぎながら「昔は花だとも言うしね」と口にする。
その言葉が
私だって、こんな風になってしまった自分を昔の知り合いに見られたらと思うと、嫌なことしか考えられず不安になってしまう。
それが好きだった人なら、なおさらというものだ。
顔を上げれば客引きに
若い子もいれば三十を過ぎた人もいるし、男達だって必ず応えてくれるわけではない。
自分の馴染みになってくれた人達も、かつて好きだと思えた男達も、みんな普通の女を選び去っていく。
どれだけ必死になっても、どれだけ尽くしても、最後に選ばれるのは普通の女だ。
美人じゃなくても、女らしくなくても、傷一つない綺麗な体の女が幸せを掴める。
隣で暑そうに着物を
互いに傷を舐め合って競い合ったところで、迎える最後はみんな同じ。
そう考えたら、とっくに縁が切れている人達を相手に、身を守ろうとしている自分に笑えてきた。
肩をすくめて前のめりになる私は、
「どうしたんだい」
力ちゃんが私の顔を覗き込むけれど、私は「なんでもないよ」とまた笑う。
そう、なんでもないのさ。
これが今の私なんだ。
外はいつの間にか薄暗くなっていて、別の場所からも客引きの声が聞こえてくる。
店の中も慌ただしくなってきているから、そろそろ店を開ける頃合いなのだろう。
力ちゃんが立ち上がって背中を伸ばすと、「先に行くよ」と外に出る。
私も団扇を置いて立ち上がり、同じように背中を伸ばしてから胸元を緩めて一呼吸すると、店先に立って外を
力ちゃんは品定めすることなく常連を捕まえていて、間もなく店の奥に入ってしまい、私は一人になる。
次々と同僚達が男を捕まえていく中、賑わい出す店の喧騒を背に外を見て、表を歩く男と目を合わせる。
男は私に気づくと、店の看板と中を交互に見比べて期待する目を向けてきた。
今日はこの人か。
にっこりと笑みを浮かべ手招くと、男に向かって甘い声をかける。
「寄っておいで」
男の笑みが答えとなり、私もまた店の奥へと入ることができた。
男は別の店の常連だと言うが、身なりは普通で、お
匂いの薄い肌は湿っているし、首にかけた手拭いだってしっとりと濡れている。
男の話に頷きつつ奥へと向かい、人がいる広間へ入れば、先に来ていた女達が一斉にこちらを振り向く。
しかしすぐに自分の客へと視線が戻ったので、自分の客の方が好い男だと思ったのだろう。
たしかに冴えない容姿の男ではあるが、遊び慣れていそうなところまでは見極められなかったようだ。
腰に回された手がゆっくりと動き出し、その範囲を広げていく。
私は笑みを浮かべてその手に自分の手を置くと、拒絶したと思われないように優しく撫で、嬉しいという顔で笑って見せる。
こうやって捕まえた男が目移りしないよう、しっかりもてなすのが私の仕事なのだ。
これきりで終わらせない。
終わらせてたまるものか。
男の腕に身を寄せて「飲みましょう」と甘えれば、私の胸元へ素直な視線を向けてくる。
先に頼んでおいたお銚子がすぐに来たので、後はお酌をしながら夜の相手になるよう仕掛けていくだけだ。
私にだって生活がある。
生きていくために金がいる。
たまにでもいいから通ってもらえるよう、今日は目一杯楽しんでもらわなければならないし、夜のお客になってもらわなければ
そのために私は笑うのだ。
常連を逃して落ち込んでいた自分を切り離し、目の前の男に精一杯の笑みを浮かべて酔わせる言葉を口にする。
「ねえ、いいでしょう?」
スルリと撫でた太ももが跳ね、私を見る目が変わる時、ようやく胸が凪いだ気がした。
女達が笑い男達が消える光の中で、私は今日も男の腕に抱かれて夜を明かせるのだから。
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