俺の焼き鳥が世界を救う

ささやか

鰻に比べれば所詮鳥

 串打ち三年、割き八年、焼き一生という格言がある。

 串打ちの技術を習得するのには三年かかり、割く技術は八年、そして焼き加減の追求は一生続くという意味だ。

 割き四年目のうなぎ職人として日々腕を磨く犬彦が、恋人のパァ子にそう説明してやると、パァ子は「うけるー長すぎー時短できないの?」と一蹴した。

 できるはずもなかった。

 二人で日本で大ヒット中の映画「恐怖! 窒息怪人の怪!」を見た帰り、犬彦は鰻を食べようと提案した。あわよくば、鰻ハッスルでラブホテルになだれ込み、男の串打ちもやろうかという算段であったが、パア子の短慮極まりない発言により、犬彦の熱は一気にさめた。

 鰻を馬鹿にする者は人生を馬鹿にしているのと同義だ。犬彦が別れを切り出そうとしたとき、

「バーニングバードが来るぞおおおおおおおおおお!」

 と大声で警告が街中に響いた。

 人々は騒然とした世界征服を企む秘密組織アンマワルクナーイが作り上げた生物兵器バーニングバードは、わしほどの大きさを誇る真っ赤な怪鳥で、常に群れて行動している。その恐るべき点は、名前のとおり炎を吐き、全てを焼き尽くそうとすることになる。バーニングバードが押し寄せたニューヨーク市街は灰燼に帰してしまった。ニューヨーク以外の各国の都市も被害にあっており、国連が総力をあげて撲滅しようとしていた。

 日本は島国だからバーニングバードは来ない。そんな噂を漠然と信じていたのは犬彦だけではなかった。空を飛び炎の吐くバーニングバードの群れをみた群衆は悲鳴をあげ我先にと逃げ出す。

 犬彦とパア子もとにかくバーニングバードのいない方へと逃げ惑い、そうして怪しげな一団と遭遇することになった。リーゼントに丸眼鏡という珍名な出で立ちをした白衣の男と兵隊のように厳めしい雰囲気をまとった集団は怪しいとしか言いようがない。

「あ、大乗仏だいじょうぶ博士だ!」

 パア子は白衣の男を指さして驚く。

「大乗仏博士?」

「え、知らないの。有名だよ。なんかめっちゃ頭いいの」

 パア子の雑な説明にもかかわらず、大乗仏博士はにこやかに言う。

「いつも応援ありがとう」

「なんか集まって何するんですかー?」

「バーニングバードを倒すのさ。バーニングバードは殺すと極めて危険な燃料として燃え盛ることは周知の事実だが、私が開発した銃弾を用いれば発火を抑えることができるのだよ」

「さすが大乗仏博士!」

「だが欠点はある」

 大乗仏博士は演劇チックに首を横に振る。

「発火を防ぐのはごく短時間だけなんだ。完璧に抑えるにはさらなる処置が必要なんだ」

「でもすごーい」

 パア子が称賛の眼差しを大乗仏博士に向ける。

「大変です大乗仏博士!」

 隊長らしき人物が慌てた様子で駆けつける。

「焼き担当の幅釜が負傷しました! もう焼ける奴がいません!」

「なんだって!」

 大乗仏博士が血相を変えて驚く。

「なんてことだ。これじゃあ処置ができないぞ」

「処置って?」

 空気を読まずパア子が尋ねると、それでも大乗仏博士は答えてくれる。

「発火を完全に抑えるには、倒したバーニングバードの肉をさばいた後に炭火で炙り、人間が食べる必要があるんだ」

「猫じゃだめなの?」

「人間以外だと胃が火だるまになる。しかもその焼き方も非常に繊細なものなんだ。間違えればまたバーニングバードの肉が燃え出してしまう」

 頭を抱えながらリーゼントをぶんぶんしだす大乗仏博士とは対照的に、パア子はあっけらかんとした笑顔で犬彦の手を引っ張った。

「ダイジョーブ、ダイジョーブ。それならここに料理人いるから。ウチの犬彦はなんかそういうの得意みたいだし」

「本当かね君!」

 大乗仏博士に肩をつかまれひるんでしまったが、それでも犬彦は己の仕事に誇りを持っていた。

「串打ち三年、割き八年、焼き一生。俺はこの三つが全ての鰻職人です。ご注文があればどんな焼き方にもお応えいたします」

 その言葉が全てだった。犬彦は急遽焼き担当の代役に抜擢され、バーニングバード独特の焼き方についてレクチャーを受けた。

 果たして犬彦は職人であった。鰻の難解さに比べればバーニングバードは所詮しょせん鳥。鳥でしかない。犬彦が処置に必要な焼き方を会得することは容易いことだった。

 犬彦が見事焼き上げたバーニングバードの焼き鳥を大乗仏博士がパア子へ差し出す。

「さあ君も食べてみなさい。バーニングバードで唯一褒められるのは肉がジューシーで美味しいってことだね」

 パア子が恐る恐るバーニングバードの焼き鳥を食べ、一口食べてわかるその旨味に驚愕した。

「マジうま! すご、犬彦これ美味しいね!」

 パア子の称賛にもかかわらず、バーニングバードを焼き続ける犬彦の顔がゆるむことはなかった。

「いや、まだ駄目だな。もっと美味く焼ける。修行が足りない」

「さっき始めたばっかなんだから当たり前じゃん。馬鹿なの? とりあえず十分美味しいからそれでいいじゃん」

 パア子は犬彦を一蹴し、それでも焼き鳥の美味さに機嫌を良くする。

「まあ、でも本当に美味しいものを作るために鰻職人は時短できないんだね。わかったよ。鳥だけど」

 その微笑みを見て、犬彦はやっぱり好きだわと思いを新たにした。

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