確かに感じる幸せ

夢見 望

第1話 この料理、俺のおばあちゃんが作ったんだぜ?

 家で本を読んでいたら、お腹が鳴ったことに気付いた。

 時計を見ると、20時を過ぎている。

「もうこんな時間か。久しぶりに面白そうな本を見つけたけれど、まさか時間を忘れて読むとは思わなかったな」

 去年、俺は大学に入学すると同時に1人暮らしを始めた。

 平日は学校に通い講義を受けている。

 土曜日の今日は好きな事をしようとお昼から本を読んでいた。

「お腹は空いているけれど、夜ご飯はどうしようかな」

 近くのコンビニに行くか、家に残っている物ですませるか。

「でも、この時間まだ外寒いよな。今からコンビニ行くのは少し抵抗があるし」

 2月の夜はかなり冷える。

 軽く悩んでいると、インターホンが鳴った。

「こんな時間に誰だろう?」

 不思議に思いながら、俺はモニターで確認した。

 そこには、ニット帽とマフラーを付けた人が映っていた。

「こ、こんばんは。広樹ひろき

「桜? 急に、どうしたの?」

「理由はきちんと話すので、部屋に入れて貰えますか? お外寒い」

「うん、分かった」

 突然家に来たのは、同じ大学に通う女性の桜だった。

 モコモコとした格好をしていても寒いのか、部屋に上げた桜は少し震えていた。

「入れてくれて、ありがとう」

「別に良いけど、来るなら連絡してくれれば良いのに」

「それが、バイト終わってそのまま帰る予定だったんだけど、雪で電車が動かなくなってて」

「えっ? 雪」

 窓の外を見ると、確かに雪が降っていた。

「知らなかったの?」

「今日、ずっと家にいたから」

「大学生か!」

「大学生です」

 そのツッコミは適切なのかと思いながら、温かいお茶をだしてあげた。

 桜は、ニット帽とマフラー、手袋を外して出されたお茶を手に取った。

「ありがとう、広樹」

 お茶を一口飲むと、はああ~~と深く息を吐いた。桜は少し幸せそうな表情をしている。

「それで? 電車が動かなくなった後は?」

「えっと、困った私は広樹の家が近いのを思い出して連絡しようとしたんだけど」

「?」

「スマホの充電が切れるという不幸が重なってしまったんです」

「なるほど、それは災難だったね」

「いきなり行くのは迷惑かなと思ったけど、私は広樹の彼女だし別に良いかなって」

「切り替えが、お早いことで」

 桜とは、大学のサークルで出会った。

 お互い趣味が合い、意気投合しすぐに仲良くなった。

 いつか自分から告白しようとしていたけれど、桜から気持ちを伝えて貰って付き合う事になった。

 今思うと、少し情けなかっただろうか。

「いきなり来て迷惑だった?」

「驚きはしたけど、迷惑だとは思わないよ」

「本当に?」

「何で、そこで疑うのさ」

 少し不安そうに聞いてくる桜に、俺は笑って答える。

「広樹優しいから無理しているんじゃない?」

「う~ん、他の人がどうかは知らないけど、本当に迷惑だと思ってないよ。寧(むし)ろ心配の方が勝っているかな」

「心配?」

「今の時代、簡単に連絡が取り合えるからね。いきなり来たら、何かあったんじゃないかって心配になるよ」

「・・・・・今度から気を付けます」

「今回みたいなのは仕方ないよ。まあ、用心するに超したことはないけれど」

「用心か~、どうしたら良いかな~」

 桜が腕を組んで考えていると、ぐぅぅ~~という音が鳴った。

 腕を解き、さっとお腹を隠す。

 どうやら桜のお腹の音だったらしい。

「え、えっと、今のは聞かなかったことに・・・」

「出来ないね」

「うう~~~」

「ふふ、俺もお腹空いていたんだ。一緒にご飯食べようか」

「何処かに食べに行くの?」

「外は雪が降っているから止めとこう」

「じゃあ、何か作る? 私手伝うけど」

「何があったか確認してくるよ」

 俺は台所に向かい、冷蔵庫の中身を確認した。

「ああ、そう言えばこれがあったんだ」

 リビングにいる桜に声を掛ける。

「桜、俺のおばあちゃんが作ったおかずがあるんだけど、それでも良い?」

「広樹のおばあちゃんが作った? へぇ~、食べてみたい!」

「最近実家に帰る機会があって、その時に作って貰ったんだ」

 冷蔵庫から取り出したおかずをレンジ対応の食器に移して温める。

「桜は、味噌汁いる?」

「いる!」

「豆腐とワカメを使って味噌汁にしよう」

「何か手伝うことある?」

「机の台を拭いて貰える? その後は、食器を並べて貰えると助かるよ」

「分かった」

 桜に食器を並べて貰っている間に、さっと味噌汁を作っていく。

「あっ、ご飯残っていたかな」

 炊飯器の中を確認すると、手を付けていない状態の白米があった。

「お昼用に炊いていたやつがある。よく考えたらお昼も食べて無かったんだった」

 白米と味噌汁をそれぞれ茶碗によそい、桜に持って行って貰う。

 レンジで温めたおかずを取り出し、俺も机に向かう。

 おかずを机に置き、桜の向かい側の席に座る。

「はい、お待たせ」

 目の前に出された揚げ物を見て、桜は首をひねった。

「これは、とんかつ?」

「残念、とんかつじゃありません」

「じゃあ、何?」

「まあ、とりあえず食べてみて」

「分かった。いただきます!」

 がぶっと、豪快に食べた次の瞬間

「美味しい!」

 桜は叫んだ。

「肉汁が溢れてきて凄く美味しい! これ何? ハンバーグ? でも、揚げてあるよね?」

「ほぼ、正解。これは、肉巻きハンバーグだよ」

「肉巻きハンバーグ?」

「そう。俺も作り方は詳しく知らないけど、ハンバーグに更にお肉を巻いて揚げたものだって、おばあちゃんが言ってた」

「肉を肉で巻くなんて、天才的な発想だわ」

「ご飯も一緒に食べてみて」

「うん」

 桜は、肉巻きハンバーグを食べた後、すぐに白ご飯を食べる。

「やばい、最高すぎる」

「でしょ?」

「凄い、このおかず一口だけでご飯何杯もいけちゃう」

「そこまで褒めて貰えると、作った本人じゃないのに嬉しくなるな」

「こんな美味しい物食べさせて貰えるなんて、広樹は幸せ者ね」

「確かに。そうだ、ちょっと待ってて」

 俺は、席を立って台所に向かう。

 冷蔵庫の中からレモンを取り出して、1/8の大きさにカットして持って行く。

「これ、かけてみて」

 桜は言われたとおり、肉巻きハンバーグにレモンを搾って食べてみた。

「さっぱりして美味しい!」

「昔からこの食べ方なんだけど、飽きないんだよね~」

「肉×肉だったけど、レモンをかけたことで少し罪悪感が和らいだ気がする」

 幸せそうに食べ進めていく桜を見て、思わず笑ってしまう。

「どうしたの?」

「いや、桜は幸せそうに食べるなって思って」

「だって、本当に美味しいんだもん。正直、お店で提供しても良いレベルだと思う」

「流石に大袈裟だよ」

「そんなこと無いわよ。そうね、名前は『笑撃しょうげき!幸せ包みハンバーグ』というのはどう?」

「いや、どうと言われても・・・」

「思わず笑い、幸せになるようなハンバーグ。良いと思うんだけど」

「名前以前に、まず俺は作り方知らないし」

「それなら大丈夫よ。広樹と結婚して、おばあちゃんから直接教われば良いから」

「まあ、それなら・・・待って、今何て?」

「広樹のおばあちゃんに教えて貰う」

「その前」

「広樹と結婚」

 ケロッとした表情で答える桜に対し、俺は顔が真っ赤になってしまう。

「結婚って・・・いきなり」

「嫌なの?」

「嫌じゃないけど、まだ俺ら学生だしこの先のことは分からないから」

「それなら大丈夫、少なくとも私は広樹と結婚するのは確定事項だから。心配しなくても、広樹が嫌なら引き下がるから」

「嫌じゃないし、桜を嫌いになる未来も見えないよ」

「そこまで未来を見たなら、幸せな家庭を見ていて欲しかったなぁ」

 俺は上がった体温をどうにか下げようとする。

 桜は、味噌汁に手を伸ばし一口飲んだ。

「味噌汁も美味しい」

「ん? ああ、味噌もおばあちゃんが作ったものだよ」

「えっ?」

 桜は、席を立ち俺の近くに来た。

 桜の手が俺の手を包んだかと思うと

「やっぱり、結婚しよう」

「はいっ」

 可愛いとイケメン、両方が入った顔を前に俺は頷くしかなかった。


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