182.サジタリアス攻防戦:禁呪を使うなと追放されたけれど天才魔道具職人だから何の問題もありません。先祖の技法を極めたら剣聖だって倒せちゃいます。 …え、なにこの光?

 うぉおおおおおおん……



 サンライズが倒したボボギリの残骸を観察していると、あの音が響き渡る。

 

「ちぃっ、まだ残っておったんか……」


 サンライズは森の方を注視する。

 だが、モンスターがちらほらいるばかりで、その姿は見えない。


 ぼぼぼんっ!!


 刹那、火球がいくつもサンライズに飛んでくる。

 サンライズはとっさに身をかわすも、敵をまだ視認できていない。


 どこだ?

 何が起きている?


 サンライズは辺りを見回す。



「貴様が黄昏の剣聖サンライズだな」


 現れたのは長身瘦躯の男だった。

 男は空中に浮かび、サンライズたちを見下ろしている。


 その額には二本の角が生え、背中にはカラスのような翼がある。


 疑うまでもなく、それは魔族だった。


 魔族の特徴は浮遊魔法を自在に操ることができることにある。


 人間と浮遊魔法は相性が悪く、それを自在に使える人物は五指に満たないのが現状だった。



「副団長、あれは、ま、魔族ですよ、あれ?」


「ぬぅうううう!?」


 ボボギリの周囲に来ていた騎士団や冒険者たちは、魔族の出現にざわめく。

 魔族の長である大魔王とは100年前の戦争を通じて、人間と不戦条約を結んでいる。

 もしそれを破った場合には再び、血みどろの戦争が始まる。

 魔物を率いて人間の城を堂々と攻め落としに来るなど考えられないことだったのだ。

 


「お主か、あのでかいのを操っておったのは。なぜわしの名を知っておる?」


 サンライズは魔族の出現程度に揺らぐことはない。

 過去の100年の中で人間側の領地に魔族はいくどか乗りこんできた。

 サンライズはそれを打ち倒してきたからである。


 しかし、解せないのはその魔族が自分の名前を知っていることだった。

 サンライズはその魔族の姿に見覚えはないし、恨みを買った覚えもなかった。


「私の名はドグラ。貴様はマグラという魔族を知っているだろう? 私の父上の名前を」


 マグラ、それは数十年前にリース王国を襲った魔族だった。

 大胆にも王都に同時多発的に異界の魔物を召喚し、陥落させようとした大魔族。

 人間には思いもつかないような邪悪な魔道具を操っていた記憶がある。


 もっとも、その魔族の野望はサンライズとリースの女王によって破断されたのであったが。


「あれの息子か……。魔族が仇討ちなど見上げたやつじゃのぉ」


 サンライズは父という言葉を聞いて、やっと合点がいく。

 目の前のドグラと名乗る魔族はあの邪悪な魔族の子供だったのだ。

 よく見れば顔立ちや話し方もそっくりだ。


 復讐は復讐を生む。

 ここでこの男を始末しても、決してその連鎖は消えない。


 しかし、それでも愛する人を、愛する国を守るために、サンライズは戦うことを選んだ。


「悪いが、わしはここでやられるつもりはないぞい」


 彼は剣を抜き、構えをとる。

 サンライズは飛ぶことはできないが、跳躍して斬りつけることもできる。


「ふん、貴様の相手はこいつだ。私の恨みを思い知るがいい!」


 ドグラは3つの魔法陣を出現させ、それを目の前で操りはじめる。

 それぞれが異なる性質を持った3連の魔法陣を操るのは並大抵の技量ではない。

 それだけでもドグラが一流の魔法使いであることは疑いようはなかった。


 ぎぃいいいいいいん!!


 魔法陣は耳障りな音を立てて、大量の魔力を発し始める。

 ドグラはその魔力を操作し、ボボギリの残骸へと一気に放出する。



「お、おい、やばいぞ? こいつ、動き出してる!?」


 足元にあるボボギリの残骸がぴくぴくと動き出している。

 魔石はなく、目の内側に光はないものの、明らかに異常だ。


「おぬしら、ここは危険じゃ! さっさと城に戻れっ!」


 サンライズは眉間にしわを寄せて叫ぶ。

 騎士団や冒険者の面々は慌てて、その場所から離脱するのだった。



 うぉおおおおおおん!!!

 


 そして、ボボギリは復活する。

 あの赤紫の魔石がボボギリの額に浮かび上がり、目の奥に邪悪な光がともる。

 膨大な魔力の注入によって、魔石が結晶したのだった。


 この技法こそが、魔族領では禁呪となった魔力伝導という術式だった。

 対象の魔力を別の場所に移送するこの技術は、不死の魔物を生み出すことができる。

 しかし、そのかわり、魔力を生み出す源は急激にその力を失い、枯れ果てる。


 ドグラの一族が開発していたのだが、それを完成させたのが、このドグラという魔族だった。

 


 しかし、その技法はあまりにも危険だった。

 魔力源となるものは膨大な魔力を秘めた世界樹や古竜魔石などで、それらを扱うこと自体が禁忌とされていたからだ。

 特に世界樹を枯らしてしまった場合には、その下に封印されている災厄と呼ばれる魔物が復活することになる。


 ドグラの技法は彼の仕える第一魔王によって禁呪とされ、一方的に制限される。

 さらにはマグラの独断による人間への侵攻とその失敗によって、ドグラの立場は非常に悪くなるのだった。


 魔王から追放されたドグラは反逆の機会を待っていた。

 そして、数十年の時間をかけて完成させたのが、このボボギリ復活の仕組みだったのだ。


 ドグラを駆り立てるのは父を殺したサンライズへの復讐だけではない。

 自分を追放した魔王に力を見せつけたい、という思いがあった。



 うぉおおおおおおん!!!



 ドグラの開発したその技法は、ただ復活させるだけではない。

 魔力伝導を受けるモンスターは復活するごとに、より強大になっていく仕組みになっていた。



「お、おい、あいつ、さっきよりでかくなってないか?」


「う、嘘だろ? 城壁より高くなってるじゃないか」


 異変に気づいた兵士たちはこの世の終わりのような顔をする。

 それもそのはず、先ほどでさえ貴族の屋敷ほどの大きさの巨大なモンスターだったのだ。

 現在はその2倍以上の大きさに変化していた。


 禍々しい腕は増え、さらに枝ぶりは太くなり、そして、極めつけは額の魔石の数が3つに増えている。


 もはや、先ほどの魔物とは別物と言ってもよい化け物が生まれていた。



「ふくく、イキのいい奴が出てきたのだ」


「あんなの私たちにかかれば楽勝ですよ!」


「あれが真打ちってわけね、私の本当の怖さを教えてあげるわ!」


 クレイモア、ハンナ、シルビアの三人はサンライズのところに駆けつける。

 ボボギリはまだわずかにしか動かないが、不気味な瞳で4人を見下ろしていた。


「サンライズ、貴様の死にざまを見ておいてやる。アルティマボボギリよ、アリどもを踏みつぶせ!」

 

 ベラリスはそういうと、ふっと姿を消すのだった。

 偽装魔法によって姿を消したのである。

 

 次の瞬間、ボボギリの攻撃が始まる!



「やれやれじゃのぉ。こやつ、かなりやるようじゃぞ?」


 サンライズは溜息を吐いて、ボボギリの枝をかわす。

 先ほどよりもさらに手数は増え、今度は種を瞬時に生み出すと、それを飛ばしてくる。

 一発一発が重い打撃であり、一度でも食らうと骨が折れる可能性がある。


「あ、危ないっ!? あはは、楽しいぃぃっ!」


 ハンナはなんとか敵の攻撃をかわし、魔石を狙おうとする。

 3つになった魔石は再び動き出し、追い詰めることができない。


 だが、ハンナは笑みを浮かべて敵に対峙する。

 相手が強力な時にこそ、彼女は笑ってしまうのだった。



「喰らうのだ! 激烈激震(ギガインパクト)!」


 クレイモアの渾身の一撃!


 しかし、新生ボボギリの皮膚は先ほどよりも固い。

 岩すら消し飛ばすクレイモアの打撃を喰らっても陥没するだけで破壊できない。


「こ、こいつ、めちゃくちゃ固いのだ!」


 クレイモアの腕にびぃいいんっと痺れが走る。

 彼女は真っ正面から殴るのではなく、急所を狙わなければならないと悟るのだった。



「ひぃいいい、なんなのよ、こいつ!?」


 シルビアはそもそも触手のように伸びてくる枝に阻まれて、まともに魔法を詠唱する時間が与えられない。

 なんとか金剛氷柱を放ったとしても、ボボギリの太い枝に阻まれてしまう。



 結論をいえば、剣聖たちは連携すらもできない状況に追い込まれた。

 この神話に出てくるような化け物を倒すためには、圧倒的な火力、あるいは、何らかの策が必要だった。




「剣聖様たちが押されている!?」


「ひぃいい、こ、こっちに来るぞ!?」


 サンライズたちはもはやボボギリの足止めすらできない状況だった。



 どっがっぁあああああん!!


 ボボギリは凄まじい手数で4人を圧倒し、そのまま城壁と体当たりを喰らわせる。

 特にサンライズは城壁の間に挟まれ、絶体絶命の状況に陥る。


 城壁には魔物除けの結界を付与しているものの、容易にそれを突き破る破壊力だった。



「嘘だろぉ!?」


「し、死ぬ!?」


 城壁の一部が崩れ、ボボギリの周りにいた騎士団や冒険者の多くが負傷する。


 その攻撃の激しさに辺境伯リストは指示を与える隙さえ与えられない。



「ふはははははは! いいぞ、ボボギリ! 殺せ! 踏みつぶせっ!」


 城よりはるか上方から、ドグラは腹を抱えて笑う。

 自分の生み出したモンスターによって、人間の城が瓦解していくのは快感だった。

 この技法は禁呪などではない。

 魔族の有力さを知らしめる、絶好の方法なのだと彼は確信する。


 その証拠に人間側の最大戦力の一人、黄昏のサンライズは抗うことさえできなかった。




「ひ、ひぃいいいいいい!?」


 城よりも大きな化け物に直面し、リリアナは腰を抜かさんばかりに驚く。

 声をあげようにも悲鳴以外、出てこない状況だ。

 騎士団や冒険者のけが人はどんどん運ばれてきており、城壁の魔法結界も打ち破られた。


 父親の辺境伯のリストや兄のレーヴェは額に傷をおっているようだ。

 城壁が破壊された時に飛んできた破片でケガをしたのだろう。


 先ほどまで勝どきをあげていたのに、一瞬のうちに地獄のような有様へと変化してしまった。



「ひぃいい、えらいこっちゃ、これぇ! ちょっと、救護室に運んだるから元気出さなあかんでぇ」


 クエイクは悲痛な声をあげ、けが人を何とか救護室に運び込む。


 体力のあるものは死に物狂いで矢を射かける。



 しかし、リリアナはもはや言葉すら出せない。

 

 恐怖が心を覆い、立ち上がることさえできない。


 目の前には傷つき、倒れた騎士団や冒険者がいる。


 それなのに動くことはできない。


 自分はなんと弱く、みじめな存在なのだろう。

 

 リリアナは自分の無力さに涙する。



「リリアナ! お前だけでも、お前だけでも、逃げるのだ!  これは命令だっ!」


「リリアナ、魔女様の村に戻れっ!」

 

 しかも、この期に及んでなお、父親や兄は自分に逃げるように絶叫する。

 その表情は悲痛なもので、おそらくここで逃げれば今生の別れになることが容易にわかった。


 城壁が崩されれば、これから起こるであろうことは明白だった。

 都市は陥落し、騎士団はおろか、市民のほとんどが魔物の餌食になってしまうだろう。


 ここで逃げたら、私は一生、その苦しみを背負うことになる。

 それを抱えたまま、生きていくことができるだろうか?


 でも、怖い。

 自分は無力で、何もできない。

 生きていたって、何もできない。

 

 焦りと恐怖がリリアナの心を支配する。



「ユオ様……」

 

 その時だった。

 極限状態の中、リリアナの脳裏にはユオの顔が浮かぶ。


 彼女ならどうするだろうか?


 きっと、ユオなら敵がいくら強大でも立ち向かうはず。

 それは力があるからとか、策があるからだけではない。

 

 皆を守るという、強い意思があるから。


 私はどうだろうか?


 私だって、そうありたい。

 

 ユオ様みたいに太陽のようでありたい。




 リリアナはぎゅっと拳に力を入れる。

 そして、ふぅっと息を吐いて、大きな声で叫ぶ。


「私はっ、私は逃げませぇえええん! 生きてる限り、手当てをします!」


 それは命のある限り、目の前の人を癒すという宣言だった。


 敵の襲撃は激しく、勝ち目のない戦いだ。

 

 それなのにここに留まり、負傷者を癒すと宣言するのだった。



「……リ、リリアナ様?」


 リリアナの傍らに戻ってきたクエイクは不思議なものを見る。

 それはリリアナを取り囲む、明るい光だった。

 ただの魔力の発現とも違う、黄色とだいだい色が交差する温かみのある色。


 その光は拡大し、やがてサジタリアスの城壁を取り囲み始める。

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