147.魔女様、害虫を思いのほか上から駆除する
「ユオ様、あともう少しで村やで!」
ザスーラの首相さんに会った後、私達は一路、村へと向かう。
首相さんは何かと騒がしいおじいさんだったけど、とても好人物だった。
さらには村長さんの知人だと知って、びっくりしてしまう。
昔、村長さんと旅をしていたころもあるそうだ。
そして、今。
私達は村へあと少しという頃合いにさしかかる。
ふふふ、久々の温泉だよ、まったく。
温泉の粉もいいけど、やっぱり温泉っていうのは桶にはったお湯とは全然違う。
空間全体が私を包み込んで、心までほぐれさせてくれるのだ。
じっくりゆっくり入って、体の隅々をいたわってあげたい。
「げげげ、最悪なんだけど」
いざ、村が見えてくるという距離になって私は大きなため息をつくのだった。
だって、村の前にでっかい、アレがいるんだもの。
「ひぇええ、うち、カニはええけど、サソリはダメなんやぁ」
「うちもあかんわぁ。エビは行けるけどもぉ」
一緒に帰ってきたメテオとクエイクは怯えた声を出す。
そう、私達の目の前にはでっかいサソリというか、ゲジゲジみたいなのがいるのだ。
足がたくさん生えていて、大きなハサミがある。
一瞬、ザリガニのように見えるけど、絶対違う。
うひぃいい、やだやだやだやだ。
「尋常じゃない大きさですよ、あれは……」
私と一緒に帰ってきたのはメテオとクエイクだけではない。
なんと、冒険者ギルドのアリシアさんも同行してくれたのだ。
彼女は一念発起して、私達の村で冒険者ギルドの仕事をしてくれるという。
アリシアさんは冒険者ギルドのお偉方を説得する時に活躍してもらったし、本当にお世話になった。
そんな彼女が来てくれるというのだから、これほど嬉しいことはない。
そもそも、私達の先輩でもあるし。
「うわぁ、やだやだ、あれやだぁ、無理無理、足がたくさんあるのとかゼッタイ無理」
そんな嬉しい楽しいニュースがある時に、でかい虫さんモンスターの襲来だよ。
まるで駄々をこねる子供のような言葉が私の口から漏れ出てしまう。
「どないするの、あれ?」
メテオが苦笑いをしながら、私の方を見る。
正直言って関わりたくない。
とは言え、あれが村を襲うのを黙ってみていられるはずもない。
村長さんとかクレイモアがばっさばっさと掃除してくれるとも思う。
だけど、一刻も早く視界からいなくなってほしいのも事実。
うぅう、私がやっつけるしかないんだろうか。
「そんなら、うすーく目を開けて攻撃すればええやん」
「そんなアホな、村にあたったらどないすんねん!」
メテオがふざけた提案をして、クエイクが突っ込む。
いつもの流れではあるけれど、さすがの私も村に向かって熱視線を飛ばすことはできない。
ちょっとでも狙いが狂ったら村に大打撃を与えてしまうかもしれないし。
「そんなら、上からやっつければええんちゃう? ほら、ユオ様がシュガーショックに乗ってかっこよく」
「それはかっこええなぁ。ユオ様ならやれんことないやろし……」
「ですね。あれじゃあ、私たちも村に入れませんですし……」
メテオはシュガーショックに乗って上から攻撃するのはどうかと提案する。
いくらなんでも荒唐無稽すぎるって思うけど、三人の「やってみろ」という視線が痛い。
メテオは近づけば逆に怖くなくなるなんて、謎の理論を言ってくるし。
「うぅう、じゃあ、ちょっとだけだよ。シュガーショック、おいで」
私はシュガーショックの目を見て、「あいつの上に飛んで」と伝える。
するとシュガーショックはくぅんと鼻を鳴らして、私の言葉を理解したと伝えるのだ。
ふふ、これこそ以心伝心。
私とシュガーショックは魂の深いところでつながっているんだよね。
シュガーショックにまたがって、いざ大きくジャンプ!
よぉし、村の平和を守るため頑張るぞ!
そう思った矢先、不可解なことが起こる。
あれ、なんだか低くない?
このままじゃあいつの背中的なところに、ひぇえええ!?
「あきゃあー!!!?」
私の口から大音量の叫び声が飛び出す。
なぜかって言うと、シュガーショックは私を虫の上に振り落としてくれたのだ。
上に行くって言ったけど、そういう意味じゃない!!!!!
金ピカ虫の背中は予想外に毛が生えていて、それはそれで悪寒が走る。
しかも、その毛が私の足に絡みつこうとするのだ。
恐怖だよ。
喉の奥から、ひひひ、と空気が漏れてくる。
「この虫ケラがぁあああ!!!」
私の口から悪役のセリフみたいなのが飛び出す。
これは昔読んだ本の影響であって、普段の私はこんなことを言わないよ、念のため。
どうやって出したのかさっぱりだけど、私は足の裏から大量の熱を出したらしい。
気づいたときには、私は足の裏を使って虫の背中に熱爆破のスキルを発動させていた。
しかも、素直に爆発せずに、最初は変な音を上げるのみだった。
ちゅいいん……
ちゅいいいいん……
ちゅいいいいいん……
どうやら関節がこすれあって変な音を出しているみたいだ。
ひょっとして内側で爆発しているとかそういうことだろうか?
ついで、虫の背中はぼこぼこぼこっと膨れ上がる。
ひぃぎゃあああ、気持ち悪っ!
あやうく失神しそうになりそうなところでシュガーショックが駆けつけてくれる。
シュガーショックは私を背中に乗せてメテオたちの場所へジャンプする。
どぉぉおおおん……
その直後、あの足の多い化け物は大きな音をたてて、地面に崩れ落ちるのだった。
助かったけど、やっぱり犬にはちゃんと情報を正確に言わないといけないんだね。反省。
「よぉし、バラバラやったら怖くないし、うちは素材集めに行きますわ!」
「うちも! 金色やし、縁起のいいモンスターやったかも知れへんし」
メテオとクエイクは敵がやっつけられたのを確認すると、走って行ってしまう。
彼女たちは死んだモンスターは素材に見えるらしい。
どういう脳みそしてんのよ、あんたらは?
「ひぃいいいいい、化け物だぁああああ」
「どうしてガガルグがバラバラになるんだぁ!?」
「ミラージュ様はとりあえず、荷台に詰め込んでおきました!」
途中、私はフードをかぶったおじさんたちが馬車に乗って、必死の形相で逃げてくるのに出くわす。
おそらくはあの化け物におそれをなして、逃げ出したのだろう。
あっちゃあ。
無理もない話だよね。
あんなに足の多くて、でっかいやつをみたら震え上がるよね。
私が片付けたから大丈夫と言いたいけど、あまりの速さで帰っちゃうものだから声をかけることさえできなかった。
はぁああ、貴重なお客様が帰っちゃったじゃん。
安全な街道を作らなきゃ、村の発展は難しそうだなぁ。
私は悲しい気持ちで、彼らを見送るのだった。
「……ご、ご主人さまぁあああ!」
私が帰ってくるのに気づいたのだろうか、ララが涙を流しながら駆け寄ってくる。
これにはちょっとびっくりしてしまう私なのだ。
「たっだいまぁ!」
私はがばりとララに抱きつく。
思えば村に戻るのに数週間かかってしまった。
いつもはクールな彼女だけど、やっぱりちょっとさみしかったのかもね。
それにしても泣くほど?
ふふふ、ララにしてはさみしがり屋がすぎるんじゃないかしら。
あれ?
ふんわりしてる感じなんだけど。
ララ、あんた、またあの薬を服用したでしょ!?
「おかえりなさいませぇ、ご主人さまぁあああっ!!」
とは言え、私の胸元でえぐえぐ泣いている彼女を咎めることはできない。
誰だって出来心ってあるものね。
……私も出来心で飲んでみたんだけど、効果なかったんだよなぁ。
今度は一回で3個ほど飲んでみよう。
「魔女様、黄金蟲を瞬殺とはさすがですぞっ!」
「バラバラ殺虫事件なのだ!」
「文字通り、虫けら扱いとは、さすがは私達の偉大なる指導者です!」
出迎えには村長さんにクレイモアやハンナまで来てくれていて、それぞれが例の虫について教えてくれる。
うぅう、あれ黄金蟲っていうの?
なんなのそれ、名前からしてキモい。
こんな感じに色々あったものの、私は無事に村に帰還できたのだった。
「よぉし、皆、私たちがいない間にお留守番、ご苦労さまでした! 村を守ってくれてありがとう! ……ん? あれなに?」
留守を守ってくれたことをねぎらっていると、村の前に真っ黒い塊があるのを発見する。
近づいてみると、どうも何かの人形のようだ。
「な、何これ?」
その特殊な光沢を放つ塊はただの岩ではない。
どうやら女の子の人形のようだ。
頭がやたらと大きくて、まるで子供のおもちゃみたいだ。
しかもどういうわけか、四つん這いの姿勢のまま放置されている。
ん?
この顔?
……私っぽくない?
……口から下が溶けてるけど。
「おおぉっ、さすがはユオ様、気づいてしまいましたか! これは世界で初めての精霊駆動魔石立像だぜ!」
「せいれいくどう?」
ドレスが興奮した顔をして駆け寄ってきて、わぁわぁとわけのわからないことを話す。
いわく、燃えキチが操ってモンスターの群れを撃退したとか、そういうことを。
「すごいんですよ、口ががばりと開いて謎の光線で敵を討つんです!」
「破壊力抜群の鬼神のような攻撃ですよ!」
「まさに村の守り神です!」
村人たちも興奮した顔立ちでわぁわぁと話す。
どうやらドレスの想像ではなくて、真面目な話をしているらしい。
ふむ、つまり、私の顔をした人形で好き勝手に暴れてくれたってこと!?
そんなの恥ずかしすぎる。
だって、私、口から光線とか出さないし!
目からだし!!
これじゃ私が口から破壊光線を出す化け物みたいじゃん!
「ご主人さま、ほとんど大差ないと思われますが……」
ララはさっきまで泣いていたくせに、冷静さを取り戻してくれたらしい。
えぇえ、目と口は全然違うでしょ、目から出すのはクールだけど、口から出すのは野蛮でしょ。
必死に食い下がるも、皆、首を横に振るばかり。
クレイモアまでもが、「どっちもどっちなのだ」などと言ってくれるし。
「ドレス、燃えキチ、あとでお説教だからね! あんたたち、覚えてなさいよ!」
私は負け犬じみた捨てゼリフを吐くと、村へと走り出したのだった。
こんな気持ちを洗い流すには温泉しかない。
うん、温泉に入って、全て忘れよう。
◇ 一方、その頃、ドレスたちは
「やっぱり、本物の災厄は違うな……」
「俺っちも精進するでやんす……」
「あとで説教だって言ってたぜ」
「反省するでやんす」
ドレスと燃えキチはユオが村へ駆け出すのを眺めながら、大きなため息をつくのだった。
【魔女様の発揮したスキル】
熱爆破(足裏):足裏から大量の熱を発生させ爆発させるスキル。踏んだやつらは大体爆発。即死技。
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