【WEB版】灼熱の魔女様の楽しい温泉領地経営 ~追放された公爵令嬢、災厄級のあたためスキルで世界最強の温泉帝国を築きます~
146.そして、あいつが現れる (誰とは言いませんが、最近出てこないあの人です)
146.そして、あいつが現れる (誰とは言いませんが、最近出てこないあの人です)
「こうなったら……」
ララは歯を食いしばって、目前に迫るミラージュをにらみつける。
ここでミラージュに負かされれば、村人たちが蹂躙されるのは必然。
そうなれば、毎日の平和な暮らしも、胸躍るような発見もすべて消え去ってしまう。
「そんなこと、させない。絶対に……」
ユオがほとんどゼロから築き上げてきたものを崩壊させるわけにはいかない。
ユオは自分を救ってくれた人なのだから。
彼女こそが、自分の王になるべき人物なのだから。
ララは唇をかみしめて、懐に手を入れる。
彼女の手には、例の白い丸薬があと2錠、握られていた。
これを飲んだら何が起こるかはわからない。
村でも連続して3錠服用した人間はおらず、未知の領域だった。
しかし、迷っている場合ではない。
たとえ自分が死んでしまったとしても、ミラージュを通すわけにはいかない。
「ここで俺がとどめを刺してやる!」
ミラージュはずしり、ずしりと重い足音をさせながら、こちらへと歩いてくる。
その手には魔法の光がやどり、新たな術式を完成させたようだ。
もはや一刻の猶予もない。
ララは目をつぶって、白い丸薬を飲み込もうとした。
「ララさん、止めたほうがええぞ。人間やめますか、じゃぞ?」
すんでのところで、彼女の手を制止するものがいた。
それはダンジョン探索に向かっていたはずの村長のサンライズだった。
「ふくく、調味料を忘れたので戻ってきたのだ!」
「なんだか、楽しそうなことをやってますね!」
さらにはクレイモアとハンナの声もする。
彼女たちは偶然なことに、村へと戻ってきたというのだった。
ララは3人がまさか現れるとは思っておらず、夢を見ているような気分になる。
「さぁて、わがまま放題のガガンの息子に仕置きをしてやらんとのぉ」
「上半身裸ってことは温泉に入りに来たのかな? これ、黒髪魔女っぽく言ってみたのだ」
「それっていかにも魔女様が言いそうですね。ふふふ」
サンライズ、クレイモア、ハンナはミラージュの前に立ち、剣を構える。
その切っ先には巨大化したミラージュが立ちはだかっていた。
「……とはいえ、3対1でやるのは野暮というものじゃのぉ。誰が行く?」
「ふふん、ヨタヨタの白目野郎になめられてたまるかなのだ。あたしが行くのだ」
「私達は健康優良不良少女ですよ! もちろん、私が行きます!」
サンライズの言葉にクレイモアとハンナが呼応する。
二人の少女は先鋒を譲るつもりはないらしく、サンライズよりも一歩だけ前に出る。
「何をごちゃごちゃと! 雑魚どもがぁあああっ!
ミラージュはしびれを切らしたかのように、大規模な術式を展開する。
その魔法は辺り一帯を高温の炎の海で覆ってしまうというものだ。
辺境の並のモンスターであれば、群れ単位で撃滅することができるだろう。
しかし。
「陣風ッ!!」
サンライズは剣を風車のように回すと、それをもって炎へと特攻する。
彼の剣にぶつかった炎はまるで霧のように散り散りになってしまうのだった。
「ハンナ、クレイモア、殺すなよ!」
「わかってるのだ!」
「右に同じくですっ!」
サンライズの合図を待つまでもなく、クレイモアとハンナの二人の少女は飛ぶ。
そして、ミラージュに反応する暇さえ与えずに、背中に重い一撃を喰らわせる。
それは剣の柄で叩きつけるという、不殺攻撃だった。
「うぐ」
あっけないと言えば、それまでだが、ミラージュは一言だけ唸るとそのまま卒倒してしまう。
あれだけ大口を叩いていたのに、あっけない幕切れだった。
「そ、そんなぁ……」
戦いの行方を見守っていた魔獣使いたちはがっくりと肩を落とす。
いくら薬剤で強化していたとしても、純天然の暴力が技術と合わさったときには対抗のしようがないのだった。
もっとも、今回の場合は、急に湧き出てきた力をミラージュは制御できなかったためとも言えるかもしれない。
「た、助かりましたぁあああ」
一部始終を見守っていたララはへなへなとその場に腰を落とす。
緊張が一気に緩んでしまい、腰が抜けてしまったようだ。
彼女はあくまで補佐をすることを第一とし、そもそも戦闘向きの性格ではない。
ミラージュと相対したのにも、相当の勇気を要したのだ。
「くそぉおおおおっ! こんな所で見逃すものかぁあああ! やっとみつけたのだぞ、究極の霊薬をぉおおおおっ!」
剣聖たちが村へと戻り、防衛戦争は完全に終わったかのように思えた。
あとは敵を捕縛するなり、退散させるなりで終わる状況だ。
魔獣使いたちのとれる選択肢は白旗を揚げて、命乞いをするぐらいしかないはずだった。
しかし、それなのに、である。
魔獣使いの長だけは大声を出して、その憤りを叫びちらしていた。
「おやめください! それはローグ伯爵の全財産と引き換えに授かったものですよ!」
「それは来たるべき聖戦のためのもの! こんな所で使って、聖王様になんと言うのですか!」
しかも、彼の部下である魔獣使いの二人は何かを必死で止めようとしている。
「何やっとるんじゃ、あいつらは?」
「とりあえず、殴ってこようか?」
「ふくく、何か企んでるっぽいですよ」
サンライズたちは魔獣使いたちが争う様子を不思議そうに眺めていた。
彼らにとっては魔物を連れていない魔獣使いなど、どうでもいい相手だったからだ。
「くそぉおおお、これをぉおおお、見ろぉおおおお!」
数十秒の言い争いの後、魔獣使いの長は大きな声をあげる。
彼はサンライズたちに何かを見せつけているようだ。
彼の手にはスクロールが握られていて、そこには高度な魔法陣が描かれていた。
「ほう、あれは……。なんじゃったかいのぉ?」
「あれ、どっかで見たことがある気がするのだ」
「へぇええ、光ってますよ、あれ」
三人は相変わらず、のんびりした様子でそれを眺める。
クレイモアにいたっては、それとよく似たものをサジタリアスでみていたはずなのだが、すぽぉんと忘れてしまっているらしい。
……しゅぐぉおおおおおおおおおおおお
魔獣使いの長が開いたスクロールからは大量の光と煙が発せられる。
そして、サンライズたちの前に現れたのは、巨大な、相当に巨大なサソリのような化け物だった。
足が通常のサソリよりも多く、ハサミも3対揃っていた。
大きさは人間の屋敷ほどもあり、ハサミの一撃だけで甚大な被害をもたらすことが分かる。
しかし、最も注目すべきは、その体の色である。
眩しいほどの金色をしていたのだ。
「ひゃはははははぁ! これぞ、かつての魔王軍の柱、黄金蟲の一つ、ガガルグだぁあああ!」
魔獣使いの長は大きな声でそう叫ぶ。
黄金蟲とは、かつての魔王大戦で世界を蹂躙したモンスターの一群だった。
その金色の皮膚は並の攻撃を通さないことで知られ、魔法のことごとくを跳ね返す。
賢者や剣聖を追い詰めたことでも知られていた。
「ミラージュ様など、もはやどうでもいい! 私達が聖域草を頂くぞ! ガガルグ、奴らを踏み潰せぇええええっ!」
魔獣使いの長は巨大な化け物に攻撃命令を下す。
それは、巨大な体躯で3人ともぺしゃんこにするという、単純極まりない攻撃だった。
ガガルグは上体を引き起こし、サンライズたちの上に黄金の体をぶつけようとする。
「なかなか、やりそうじゃのぉ」
「ふくく、かかってこいなのだ」
「これからが本番ですよ」
しかし、サンライズを始めとする村の暴力装置たちは一歩も引かない。
彼らは剣を抜くと、それぞれの技を繰り出すための構えに入る。
巨大なモンスターと、3人の剣の達人。
今、ここに巨大なエネルギー同士の衝突が発生しようとしていた。
ちゅいん……
ちゅいん……
ちゅいいいいん……
その時だった。
サンライズの上の方で、まるで刃物を削るような音がしたのは。
しかも、その異音は複数回起こる。
「……うぅむ、これは、いかんのぉ。ハンナ、ララさんを担いで飛べっ!」
何かが起きたのを本能で察知したサンライズはそのまま回避行動に出る。
もちろん、ハンナとクレイモアもそれを理解し、急遽、モンスターの下から離れるのだった。
「ひゃははは、逃げ惑うがいい! 愚か者どもがぁああ!」
それを見た魔獣使いの長は、サンライズたちが恐れをなして逃げ出したのだと解釈する。
彼は大きな声で嘲り声をあげるのだった。
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