【WEB版】灼熱の魔女様の楽しい温泉領地経営 ~追放された公爵令嬢、災厄級のあたためスキルで世界最強の温泉帝国を築きます~
145.ミラージュ、あのパワーを使ってついに覚醒します! 対するララはどうするのさ!?
145.ミラージュ、あのパワーを使ってついに覚醒します! 対するララはどうするのさ!?
「う、うちのモンスターが全部、やられましたぁあああ!?」
もはや叫び声としか言えない声でミラージュに報告してくるのは、魔獣使いの長だった。
彼の顔は蒼白になっており、目は落ちくぼんでいる。
ショックのあまり、病人のような顔になってしまっていた。
「ユオめ、悪あがきをしおって……!! しかし、敵の石像はもはや動かんではないか」
「それはそうですが……」
「ならば何を恐れる必要がある! 今こそ好機到来というわけだ!」
ミラージュは元来の鈍感力を持ち合わせている人物でもあり、へこたれてはいなかった。
彼はむしろ今こそ自分の見せ場とばかりに立ち上がる。
「し、しかし、敵の戦力はまだ全然削れておりませんが……」
魔獣使いは弱気な姿勢を崩せないでいる。
それもそのはず、小都市すら崩壊させることのできるモンスターの行軍を、たった一体の石像が阻んでしまったのだ。
向こうにはもっと強力な敵がいる可能性さえある。
ここで攻め込むのは迂闊すぎる。
「愚か者め! やつらはど田舎の辺境の村だ。人口は数百人程度で、兵士もいない。あの摩訶不思議な石像だけが防衛手段だったのだ」
「な、なるほど……!」
ミラージュは彼なりに冷静に、現状を整理しようとする。
よくよく考えてみれば、人口の少ない村にそれほど沢山の兵士がいるはずもない。
こちらの勢いに恐れをなして、冒険者の協力もなかったのだと判断した。
「よ、よし、かくなる上は我々が突撃してまいります! モンスターどもの仇を討たねばなりません……!!」
「そうです、我々にも魔獣使いとしての意地があります!」
魔獣使いたちは、自身の手勢をやられたことに強い憤りを感じていた。
意外なことに彼らは自分自身が村へと突撃すると言うではないか。
「ふん、何を言うかと思えば。お前たちのその貧弱な体で何ができるというのだ?」
あまりにも突拍子もない申し出にミラージュは思わず笑ってしまう。
魔獣使いは魔力こそあるものの、魔獣を扱ってこそ戦うことのできる存在だ。
魔獣を失った魔獣使いに攻撃の能力はない。
誰もがそう考えるだろう。
「ふふふ、ミラージュ様、我々はザスーラで面白いものを入手したのですよ」
魔獣使いはにやりと邪悪な笑みを浮かべ、手のひらを差し出した。
「なんだそれは?」
魔獣使いの手のひらには白い丸薬のようなものが3つ乗っていた。
突然こんなものを見せて、何を言い出すのか。
ミラージュの顔に困惑の色が浮かぶ。
「これはザスーラの冒険者が『白い悪魔』と呼んでいるものです」
「白い悪魔だと……!?」
ミラージュはごくりと喉をならす。
差し出された丸薬の正体はわからないが、魔獣使いの鬼気迫る表情から、尋常のものではないと感じ取ったのだ。
「ふふふ、これはとんでもない肉体強化を促し、かのアクト商会の騎士団を素手の平民が叩き潰したのも、この力があったからと噂されております」
「冒険者の間では14万9800ゼニーで取引される、まさに夢の丸薬なのです」
「3錠だけ入手できたので、これさえあれば我々だけでも村を制圧できるでしょう」
魔獣使いたちは口々に、その恐ろしい丸薬について説明し始める。
「肉体強化した平民が武装した騎士団を制圧しただと……!?」
聞けば聞くほど、危険極まりない丸薬であり、これが出回った日には世界の勢力図さえ変わってしまいそうだ。
ミラージュは自分の想像に背筋に冷たい汗を流す。
そして、彼はあることを思いつくのだ。
「ふくく、貴様ら凡百がそれほど強化されるのならば、私のようなそもそも超絶S級戦士であればどうなる?」
「そ、それは……!?」
「答えは簡単だ。史上最強の戦士ができる、そうだろう?」
「確かに、そうではございますが……」
ミラージュは邪悪な笑みを浮かべて、自分自身がその丸薬を使うと言う。
モンスターの仇を自分自身でうちたい魔獣使いは難色を示す。
だが、今回の雇い主はミラージュだ。
彼は強引に押し切ってしまう。
魔獣使いとしては不本意ではあるが、一人はバックアップに回ればいいだろうと考えたのだ。
「しかも、これを全て飲んだらどうなる? 歴史に名を残す戦士が出来上がるはずだ」
しかし、ミラージュは魔獣使いたちのさらに斜め上の行動を取る。
彼はあろうことか、手のひらに載せられた丸薬を3つとも全て奪ってしまったのだ。
「お、おやめください! 1錠で十分でございます!」
「ええい、放せ。不甲斐ない貴様らに本物の蹂躙というものを見せてやろう」
魔獣使いは懇願するものの、ミラージュは聞く耳を持たない。
彼はワインの瓶をラッパ飲みすると、丸薬を一気に流し込んでしまった。
「う、うぐごぁああああああ!? な、なんだ、この力はああぁあああ!?」
そして、魔獣使いたちは目撃する。
全身から凄まじい魔力が放出され、白目をむいたミラージュの姿を。
髪の毛が黄緑色に逆立ち、上半身の衣服がびりびりに破れている。
彼の肉体は強化され、さらには身長さえ伸び、常人の2倍ほどもある大男へと変貌を遂げていた。
「ふぐがぁあああああ! 許さぬぅうううう!!」
ミラージュは闘争本能にしたがって、標的となる村へと突撃していくのだった。
◇
「黄緑色の大男がやってきます! ものすごい速さです!」
一方、その頃、ララたちは不意をつかれたことで大きく動転していた。
敵のモンスター軍団を全滅させたのだ。
これで戦闘は終了すると思っていたのだ。
「ちぃっ、矢が通らないぞ!? なんだ、あの野郎!?」
ハンターたちは城壁から矢を放つも、敵の大男に当たると折れてしまう。
通常であればモンスターの硬い皮膚さえ通す攻撃であるにもかかわらず、である。
あの大男が異様なのは、見た目だけではないことがすぐに分かる。
「ララさん、あっしらがいくぜ!」
「おぉっ!」
燃えキチを届けたドレスたちは、再び戦場へと駆け出していく。
彼女率いるドワーフ旅団はもともとA級冒険者のパーティだ。
あんな化け物と戦ったことはないが、それでも100匹のモンスターの相手をするよりはマシに思えた。
しかし。
「うぐぉあおおおおお! 炎の神よ、全てを焼き払えッ!
敵は白目を剥き、正常な思考を失っているかのように見えた。
にもかかわらず、大男は高度な魔法を放ったのだ。
「うわぁあっ!?」
大量の火炎がドレスたちを不意打ちで包み、彼らは一気に劣勢に追い込まれる。
肉弾戦でくると思っていたのが仇になった格好だ。
「ドレスさん!?」
ララは急いで救援に駆けつけ、氷魔法を放つ。
凄まじい火炎の勢いをなんとか相殺させる。
「ふはは! 素晴らしい力だ!」
だが、敵の勢いは止まらない。
大男から立ち上る魔力は本物だった。
「その声はミラージュ……!?」
そして、ララは気づくことになる。
目の前で白目を向いている黄緑髪の大男が、ラインハルト家の三男、ミラージュであることを。
まさかのまさか、敵の総大将が突撃してやってきていたのだ。
「呼び捨てするとは、メイドの分際で無礼な……! 様をつけろよデコ助野郎!!」
かつての使用人に呼び捨てにされたのが相当に不愉快だったらしい。
ミラージュは激高し、連続して火炎魔法を発動させる。
凄まじい火炎の威力!
詠唱時間は短くなり、ララは氷魔法で防御するので精いっぱいになってしまった。
「ふはは! 守るだけでは何もできないぞぉっ! さぁ、どうした俺を楽しませてみろ!」
ミラージュは大声で笑いながら、大量の火炎弾を放つ。
確かに彼一人いれば、通常の村など簡単に制圧できるだろう。
そう思わせるのに十分な攻撃力だった。
「……しょうがないですね、私も行かせてもらいますよ!」
しかし、ララにも秘策があった。
彼女は懐に忍ばせていた、白い丸薬を取り出すとそれをごくりと飲み込む。
「うぐぅううう……!!」
全身に広がる魔力の充実。
脳の一部が解放されたかのような、強い覚醒。
この世界のすべてが遅く見えるような感覚。
ララは自分の魔力が膨大に膨れ上がるのを感じる。
「お待たせしましたね…さぁて、第2回戦と行きましょうか…」
ララはにやりと笑って、ミラージュの前に立ちはだかる。
それは先程まで冷や汗をかいていた、彼女ではなかった。
村を守るため、仲間を守るために覚醒した、戦士の姿がそこにはあった。
彼女の後ろには魔力の渦が生まれ、空気がびりびりとしびれるような音をたてていた。
「邪悪な敵に永遠の罰を与えよ、
彼女は持ち前の氷魔法でミラージュを氷漬けにする。
通常は肉の冷凍に用いる家庭的な魔法であるが、実戦でも沢山のモンスターを餌食にしてきた魔法だ。
「ドレスさん、今のうちに村に戻ってください!」
ララはドレスたちを村に逃がすと、ありったけの魔力を注入する。
これで事切れてもいいとさえ思えるほどの、全力を。
自分の体から信じられないほどの魔力が湧き起こる。
ミラージュの足元が凍りつき、いかに強大な敵でも打ち負かすことができるように思えた。
「生意気なぁあああ!!!!」
「きゃあっ!?」
それでも白い丸薬3錠によって強化された、ミラージュには敵わなかった。
そもそもの地力では、辺境で鍛えたララが勝っていたかも知れない。
だが、3錠の白い悪魔はそれを凌駕するほどの圧倒的な効力を発したのだ。
ミラージュは高温を発し、ララの氷を破壊させる。
さらには爆風さえ発生させ、彼女をふっ飛ばしてしまう。
全身から白い蒸気を吹き出すそのミラージュの姿は、もはや人間と呼べるものではなかった。
ララの口の中に血が滲み始める。
彼女は今、自分が生死の狭間にいることを悟るのだった。
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