143.魔獣使いの操るモンスター軍団をドレス率いるアレが粉砕する

「ミラージュ様、いくらなんでも待ちすぎです。かれこれ三時間も足止めを食らっております」


 ミラージュの連れてきた魔獣使いたちはイライラが募っていた。

 降伏勧告を出したユオの村はのらりくらりと返事を遅らせているからだ。


「そろそろ攻撃の許可を! 我々のモンスターどもも、しびれをきらしておりますぞ!」


 魔獣使いはにやりと笑って、攻撃開始を進言する。

 その笑みは邪悪なもので、まるで破壊することを楽しみにしているとでも言いたげだった。


「ふん、向こうからは酒や食料が届いているのだぞ? こちらの軍勢に恐れをなしているに決まっておるわ」


 一方のミラージュは、もしも戦わずに降伏させられるのならば、その方がいいと考えていた。

 聖域草をかすめ取るにしても、ユオが発展させた場所を横取りするほうが楽だからだ。


 村の戦力を考えれば、すぐに命乞いをしてきてもおかしくはないはずだ。

 実際に村からは食べ物が送られてきており、明らかに服従の意思が見える。

 

 それなのに降伏するとは一言も言ってこない。


 明らかに時間稼ぎをして、何かを待っているかのようだった。

 ミラージュは妙な胸さわぎを感じ、それを振り払うために行動にでることにする。



「ふん。いいだろう。そろそろ田舎者を脅かしてやれ」


「ははっ。ありがたき幸せにございます! 最高の破壊をご覧に入れましょう!」


 魔獣使いは心底嬉しそうにそういうと、仲間たちのところへ戻る。

 今回、ミラージュがつれてきた魔獣使いは3人。

 彼ら全員が凄腕で、操作しているモンスターは全て合わせて100を超える。


 たとえ、辺境の村の冒険者が出てきたとしても、太刀打ちのできない数なのだ。


 しかも、連れてきているのは突撃に適したイノシシ型のモンスターだった。



「行くぞぉおおおおお!」


「遊びの時間だ!」


 魔獣使いはモンスターに号令を出すと、標的となる村へ進軍を始めるのだった。






「ちぃっ、ダメだ。鋼鉄の防具なんかつけてやがる」


 禁断の大地の村のハンターは困った声を出す。

 それは彼の放った矢が敵の魔獣使いのモンスターに阻まれるからである。


 通常の森にすむモンスターであれば、彼らの矢で撃退することができる。

 しかし、敵のモンスターは対人間戦用に飼われているらしく、攻撃への防御手段を持ち合わせていた。



「そうなると、肉弾戦しかないですね……」


 ララは押し殺したような声でそうつぶやく。

 村人たちは剣を手にとって、「いけるぜ」「やれます」と威勢のいい声を上げる。


 ハンスを始めとした冒険者たちも「やってやるぜ!」と息巻いている。


 

 しかし、できるだけ直接戦闘は避けたいところだった。


 物理的に激突した場合、こちらにも被害が出るのは明白だからだ。


 できるだけの時間稼ぎをしたものの、サンライズたちが戻ってくる気配はない。

 領主のユオの影も見えない。

 

 このままでは……。


 ララの額に汗が流れる。



 一瞬、「あの特効薬を服用すればどうにかなるかもしれない」というアイデアがララの頭の中をよぎる。


 ザスーラの流行病を治癒するために開発した薬剤だったが、どういうわけか肉体強化をもたらす効果を持っていたからだ。


 おそらくは敵を撃退することに貢献してくれるだろう。


 だが、あの薬を常用して思わぬ副作用が出ない保証はないのだ。


 万が一の場合には自分が服用して第一陣で飛び込もうと、ララは決意する。

 自分の氷魔法ならモンスターの3分の1ぐらいは氷漬けにできるだろう。


 もっともその時に自分の命の保証はないだろうが。


 

「ララさん、あっしらがいきやすぜ!」


 後ろから声をかけてきたのはドレスとドワーフたちだった。

 ドレスたちは完全に武装して、すぐにでも戦いに行きたいと言う。


 確かにドレスの率いるドワーフ旅団はA級冒険者パーティだった。


 しかし、相手は100体を超えるモンスターの群れだ。


 サンライズやハンナ、クレイモアといった現実離れした攻撃力をもたなければ、数で押されてしまう。



「ダメです。いくらドレスさんでも押し切られます」


 ドレスの申し出は嬉しいが、ララは首を横にふるしかなかった。



「くふふふ、戦うのはあっしらだけじゃありやせん。これを見てください!」


 しかし、ドレスには策があるようだ。

 彼女は地面に横たえた、あるものを指差す。


「こ、これはご主人さまの像ですか? これをどうすると?」


 ドレスが示したのは村の中央に建っているユオの立像だった。

 身長が5メートルほどの立派なもので、先日からドレスが『修繕』のためといって回収していたのだ。


 もちろん、これには何の戦闘力もない、ただの置物だ。

 超硬質レンガでできているとは言え、あくまでも村人たちの心の支えでしかないはずだ。

 



「ふふふ、燃えキチ! いいぞ、起き上がれ!」


「よぉおおおし、行きまぁす!」


 ドレスが言葉をかけると、ぐぎぃぃいん、と音をたてて、ユオの立像の目が光る。

 ついで、ふしゅーっと蒸気をたてて、立像はゆっくりと起き上がるのだ。



「こ、これは……!?」


「な、なんだあ!?」


 突然の出来事に村人たちは戸惑いを隠せない。


 彼らの目の前に身長5メートルほどの節々が赤く光る立像が立っていたからだ。



「ユオ様の像に燃えキチの魔石のボディを組み入れて作ったんだぜ。動かすには大量の魔石がいるけどな!」


 ドレスが手短にこの立像の正体を解説する。

 なんと彼女は燃えキチ、炎の精霊ラヴァラガンガの素材をもとに、それを作り上げてしまったのだ。

 

 天才的な工作能力と、史上稀な素材の組み合わせによって、精霊駆動魔石立像という悪魔の所業のようなものができあがったのだ。


 しかも、驚くべきはそれだけではない。



「な、なんだか、変な体型ですね……」


「ううむ、今回はそこまでしかできなかったんだよなぁ」


 ララの指摘するとおりこの立像、体型がユオのそれとは異なっていた。

 頭がやたらと巨大になっており、全体で2等身ぐらいの体型なのである。


 ドレスいわく、燃えキチをいれて魔力回路を組み合わせると、どうしてもこの大きさに変化するとのことだった。

 燃えキチは魔石操作ができるらしいが、それでも体型は変わらないらしい。


 多少バランスの悪い体型だが、「問題ないぜ」とドワーフたちは押し切る。



「よぉおおおし、俺っちが行きまぁすでやんす! 村の平和を守るでやんすよ!」


 燃えキチは久しぶりの体に喜んでいるのか、飛んだりはねたり軽快な動きを繰り返す。

 その様子はまるで二歳児がはしゃぎまわるかのようだった。


 ラヴァラガンガとしてユオと戦ったときには確かに災厄の名に恥じない凶悪な存在だった。

 モンスターの魔石を飲み込み、溶岩の体で圧倒する化け物だった。


 しかし、ユオに倒され、村で仕事を得たことによって、まるで魂さえも入れ替わったようだ。


 ララは訳がわからないながらも、ドレスたちに出撃許可を出すのだった。



「おぉし、無理はするなよ!」


「行くでやんす!」


 一団は威勢よく村の門を越えて、モンスターの前に立ちはだかる。



 ドドドドドドドドドドドドッ


 目前には鉄鎧で防御したモンスターの群れ。

 その進軍は地響きをたて、圧倒的な破壊の足音にドレスの心は揺れる。


 しかし、ここで折れるわけにはいかない。

 この村こそが自分のいるべき場所なのだ。




「焼き払え!」


 敵までの距離を測っていたドレスは大きな声でそう号令をかける。

 すると、ユオの立像の口ががばっと開く。



 きぃいいいいいん……


 立像の口の奥に埋め込まれた特別な魔石が赤く光り、耳を塞ぎたくなるような音があたりに響く。



 そして!



 どぎゅしゅうううううん!!!!!


 猛烈な音とともに、ユオの立像の口から真っ赤な熱線が放射される。

 光が網膜に残り、ドレスは目の前がチカチカとする。

 


 どっがぁああああああんん!!!!


 次に起きたのは、まるでユオがもたらしたような爆発だった。



 ぶぎぃいいい!?


 突然の中距離攻撃に驚く敵のモンスターたち。

 直撃したモンスターは防具の甲斐もなく、ふっとんでしまう。


「ひぃいいい、なんだぁあ!?」


「ば、化け物ぉおおお!?」


 おそらくは魔獣使いのものであろう、人間たちの悲鳴も聞こえてくる。



「いいぞぉおおおお! もっとやれぇえ!」


「魔女様、ばんざぁああい!」


 燃えキチの攻撃はまるでユオがこの場に戻ってきたかのような感覚を村人に与える。


 ララは眉間にシワを寄せながら、戦いの行く手を見守るのだった。



◇ 一方そのころ、村長のサンライズたちは



「おおっ、こんな所に落とし穴なのだ!」


「あっ、デスワームがいますよ! 駆除してきます!」


「ふぉふぉふぉ、急いだら危ないぞい」


 クレイモア、ハンナ、サンライズの三人は村のことなどつゆ知らず、平和な時間を楽しんでいた。



【魔女様の手に入れたもの】

精霊駆動魔石立像(二頭身ユオ型):ドレスの熱意とドワーフ仲間の根気とラヴァガランガ(燃えキチ)の魔石操作によって産まれた怪物。口から熱線を飛ばすなど、災厄的なことが可能だが、技術的や限界もあり現状では二頭身になってしまった。体は溶岩のように熱く、接近戦も不足なし。燃料源は魔石であるが、燃費は悪い。

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