59.魔女様、剣聖サンライズの一騎打ちを打開策とする


「魔女様、こんな時は一騎打ちですじゃ。サジタリアスは武勇を貴ぶ気風があります。私が一騎打ちで敵を捕縛し、交渉につなげましょう」


 腕組みをして会議をしていると、村長さんがずずいと出てくる。


「一騎打ちですか、それは案外ありかもしれませんね。少なくとも相手を交渉のテーブルにつけさせることができるかもしれません。……勝てば、ですけど」


 ララがいうには一騎打ちをして勝利した場合には、その人物の生殺与奪を握ることができるらしい。

 この辺境特有の文化だそうけど、そう上手く乗ってきてくれるかしら。



「や、やめておいたほうがいいと思いますぅうう! 相手が悪すぎるというか……、あの白い鎧の子は危険です!」


 どうやって誘い出すか考えていると、リリが大反対をしてくる。

 そりゃそうだよね。


 普通にしてたら、村長さんはちょっとマッチョな老人だものね。


 今日は野良仕事をしていたらしくザ・農民といった服装だし。


 でも、この人は剣聖だし、リース王国の騎士団長として活躍していた人物なのだ。

 この村でもおそらく一番目か二番目に強い。



「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。大丈夫ですじゃ、お嬢さん。わしはこう見えても、まだまだ若者には負けませんですぞい」


「そうですよ! おじいちゃんは強いんですよぉっ!」


 村長さんはひょうひょうとした面持ちで、自分に任せてくれという。

 孫のハンナも村長さんの強さに太鼓判を押す。



「まぁ、うちの村にはユオ様もおるし、いざとなったらなんとかなるやろ」


「せやな。ユオ様やったら、軍隊ごと丸焦げにしてくれそうやな。あんまりしんどいのは見たくないけど」


「それに、向こうはこれ以上待てないみたいで、にらみつけてるで。うぅ、怖い、怖い」


 メテオとクエイクの姉妹は村長さんの案に条件付きで賛成とのことだ。

 私が出ていく可能性なんて万に一つもないんだけどなぁ。


 とはいえ、これ以上、相手を待たせているわけにはいかない。

 村長さんの提案を受け入れ、一騎打ちに賭けてみることにした。




「……わかりました。ならば、私が一騎打ちを受けるように説得します」


 リリはふぅっと息を吐くと、意を決したように口を開く。


 なるほど、彼女の言葉なら相手も口を開くかもしれない。

 ララが声を拡大する魔法を使えるらしいので、それを通じて交渉することにしよう。


「サジタリアス辺境伯の娘、リリアナです。みなさん、ご心配をおかけして申し訳ありません。私はこの村に住むことに決めました。みなさんは矛を収めてお帰りください! どうしても、この村から私を引きずり出すというのなら一騎打ちで雌雄を決しなさい」


 リリが声のトーンを落として、静かな言葉で相手に言葉を投げかける。


 その声には覚悟が宿っていて、彼女の本心をしっかりと映し出しているように思える。


 相手方を見ていると、リリアナがいることに動揺の声が上がり、しばらくしぃんと不気味に静まり返る。

 それから、さきほどの白い騎士が私たちとの中間地点までやってくる。


「リリアナ様!! よかったぁああ、生きてるのだ!」


 リリの声を聞いた女騎士は嬉しそうな声をあげる。


「くふふ、蛮族ども、何人でもかかってくるのだ! いっきとぉせんのあたしが相手をするのだ!」


 そういうと彼女は身長ほどもある大きな剣を携えて、私たちに手招きをする。


 その鎧兜の内側は見えないけれど、おそらくきっと腕に自信のある戦士なんだろう。

 口調は相変わらずのんびりっぽいけど、本当に強いんだろうか??



「気を付けてください、彼女、強いです……」


 リリアナは向こうの女騎士を知っているのか準備運動をしている村長さんに声をかける。

 確かに一騎打ちに出てくるのだから自信はあるのだろうけど、うちの村長さんもなかなかのものなのだ。


 なんせ剣聖だからね。

 とっくに引退していたけど、温泉のおかげで復活したのだ。


 この間なんか空を飛ぶ巨大なトカゲをハンナと連携してやっつけちゃったし。

 1つ目の巨人とか、3つ角の巨大ヤギとか、いろいろ討伐している。

 ララが言うには「もはや全盛期と変わらない」という話なのだ。


 あの、村長さんがみすみすやられるとは思えない。


 とはいえ。



「村長さん、やばくなったら降参してね。次の策だって考えてあるから」


 リリの表情から考えても、一抹の不安は残っている。

 それぐらい相手の白い鎧の戦士はオーラがある。


 村長さんはうちの精神的な柱とも言っていい存在だ。

 ハンナも、私も、ララも、そして、村人も、冒険者たちも村長さんを尊敬している。

 一騎打ちなんかで死なすわけにはいかない。


 それに、そもそも、部外者の私達がすんなり村に溶け込めたのも、村長さんが歓迎してくれたからなのだ。

 私はまだまだ村長さんに恩返しできていないとさえ思っているし。


「ふぉふぉ、魔女様のご命令とあらば、そのようにいたします。もっとも、相手は許してくれるかわからんが」


 村長さんはそう言って渋い顔をする。

 だけど、私はもう一度、「必ず、帰ってくるように」と伝える。




「この老骨の生命を惜しんでくださるとは、ありがたいことです。よし、それじゃ、行ってくるかのぉ。ハンナ、よろしく頼むぞい」


 村長さんはしゅたっと一足飛びに塀から降りると、てくてくと向こうへと向かっていく。

 剣は刃こぼれしたものであるが、これまでに巨大なモンスターを何度となく討伐してきた業物だ。


 きっと後れをとることはないだろう。




「なんだぁ、じじいが出てきたぞ。死にたいのか?」


「冗談をやってるなら攻め込んでやるぞ!」


 村長のことを知らない相手方はやいのやいのとヤジを飛ばす。


 確かに普通に見たら、ちょっとマッチョな爺さんだから無理もない。

 髪も髭も真っ白だし。


 だけど、村長さんは強い。

 絶対に負けない……はず。


 ごくりと喉を鳴らしながら、二人の剣士を見守る私なのであった。

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