58.魔女様、サジタリアスの騎士団がうちの村に攻めてきました!
「聞いたか? あのリリ様の癒しどころの話?」
「おうよ、聞いたも何も、この間、肩と腰を施術してもらったぜ。まさに天国だったぞ」
「まじかよ、俺も貯金しないとな」
リリの経営する癒しどころは想像以上の反響を見せている。
女性冒険者も増え始めていて、村の雰囲気もいい感じになってきた。
冒険者の皆さんに喜ばれる理由はざぁっと挙げると以下の通り。
・回復魔法とマッサージの掛け算で疲労が激減
・懇切丁寧な応対
・高級感あふれるマッサージルーム
当初、女性は男性に触れないというものだったが、オイルを肌に使う施術のみ女性専用ということになったらしい。
これがかなりの劇薬だったらしく、それ目当てで冒険者が続々と現れる事態になっている。
特にリリの施術は行列待ちの状況だ。
「ユオ様、私、このお仕事が大好きです!」
リリはそう言って笑う。
ヒーラーとしての本業や学校での授業に加えて、癒しどころも運営するのだから、かなりの激務のはずだ。
それなのに声にも肌にも張りがあって顔色も良い。
まさに人生が充実しているっていう感じなのだろう。
「ふふふ、たまにはこうやって、ゆったりと足だけ浸かるのもいいよねぇ」
領地経営も順調に行き、村が少しずつ豊かになっているのを実感する。
リース王国のヤパン地方からの移民はまだまだ増え続け、村の人口はついに300人を超えた。
「そうですね、平和そのものです」
村人たちも冒険者も、みんな健康に暮らしている。
これまでの歩みは満点とはいかないかもしれないけど、いい線行っているのではないだろうか。
「この足湯もけっこういいでしょ?」
最近の流行りはふくらはぎまで温泉につけることだ。
先日、もっと温泉を楽しむ方法はないかと思い、屋敷の一角に作ってみた。
「さすがは、ご主人さまです。すごく温まります!」
ララはそう言って笑う。
これだけでも全身ポカポカするから面白い。
この後、リリのところで癒してもらうのも悪くないかも。
マッサージの新メニューに足裏マッサージなんてものがあったから。
どんどんどんっ!
ぼんやりと空を見上げていると、温泉の扉を猛烈にたたく人がいる。
まぁ、そうだよね。わかってるわよ、私も。
私がリラックスすると、必ずと行っていいほど呼び出しがかかるのだ。
「ま、魔女様……」
「ん? ハンナ、どうしたの?」
扉を開けてもらうと、そこにはハンナが不思議な表情で立っていた。
その顔はちょっと泣いているようにも見えるし、笑っているようにも見える。
簡単に言えば、表情がこわばって引きつっているという状態なのだ。
これは絶対に緊急事態っていうことなんだろう。
だけど、巨大なモンスター相手でも果敢に飛び込んでいく彼女にしては非常に珍しい。
「な、何があったの?」
ごくりとつばを飲み込む。
どうか、メテオが腰を抜かしたとか、ハンスさんがぶっ飛ばされたとかでありますように!
「……ぐ、軍隊がやってきました! サジタリアス騎士団を名乗っています!」
「サジタリアス騎士団!?」
彼女の口から飛び出したのはまさかの一言。
竜でもなく、スライムでもなく、ましてトレントですらなく。
ザスーラ連合国の辺境都市であるサジタリアスから騎士団が来たというのだ。
「そ、そっか、団体でのお客様とかかな? い、忙しくなりそうね」
騎士団がうちの村に来る理由って、……温泉が目的だよね?
ねがわくは、20〜30人規模の団体客であってほしい。
ねがわくは、うちの村で癒されるために来たのだと言ってほしい。
「お客様といえばお客様ですが、その数、騎兵だけでも数百を超えています! 歩兵や魔法兵も合わせると千を超えるかもしれません!」
「千を超える!?」
「えぇ。全員、武装しています! わ、私、こんなにワクワクしたの初めてです!」
ハンナは同様に引きつった笑顔を浮かべながら、とんでもないニュースを伝えてくる。
っていうか、これどう考えてもやばいでしょ。
ワクワクするんじゃないよ。
「……ご主人様、この村に千を超える武装した軍隊となると尋常のことではないでしょうね。温泉目当てではなく、まるで、誰かと戦争でもするような規模ですよ」
ララは冷静に事態を分析し、今起きていることの意味を教えてくれる。
相手が私たちの村と親睦を深めたいのなら、数人の使者で十分なはず。
そこまでの大規模で現れるはずもないし、武装する必要もないのだ。
明らかに私たちの村と交戦する意思をもっていると見るのが妥当だろう。
「ちょっと待ってよ! そもそも、どうしてうちの村に攻め込む必要があるわけ!?」
しかし、その意図がつかめない。
私たちの村が彼らを怒らせるようなことをしただろうか?
メテオたちが大量に魔石を卸してるけど、そこらへんとか?
メテオたちがあくどい商売をしている(かもしれない)とか?
うぅ、心当たりがあるかもしれない……。
「ええい、考えていても埒があかないわ! とにかく、私が話してみるから!」
私のモットーは『考える前に飛べ』なのであり、『話せばわかる』なのである。
おそらくとんでもない誤解がもとで攻めてきたんだろうし、話せばなんとかなるだろう。
私たちは村の境になっているレンガの防壁までひた走るのだった。
◇
「ほわぁああ、これまた圧巻やな。サジタリアス騎士団の主力が来てそうやなぁ」
本日の見張り役を買って出ていたメテオがあきれたような声を出す。
村の塀から前方500メートル位の位置に兵士たちがきちんと整列しているのがわかる。
「おっ、誰か出てきたで? 白い鎧の大剣持ち。たはは……。こりゃあ、ちょっとまずいことになってきたな」
メテオの声はそこで止まり、青い顔になってがたがたと震え始める。
メテオが指差す、その人物は兜からつま先まで真っ白な鎧に身を包んでいた。
一般の兵士とは明らかに異なる様子から見て、おそらく歴戦の勇士なのだろう。
いわゆるオーラみたいなものをまとっている気がする。
「禁断の大地の蛮族に告ぐのだ!」
意外や意外。
その人物は女性だった。
彼女はよく通る大きな声を張り上げて言葉を続ける。
「私の名はクレイモア! 禁断の大地のばんぞくよ、よぉく聞け! 1時間以内にサジタリアス辺境伯の子女、リリアナ・サジタリアス様を解放しないばあい、村全体を火の海に変えるのだ」
「はぁああっ!?」
「繰り返す! ぎったんぎたの、めっためたにしてやるのだ! 小さい村でも容赦はしない」
「はぁあああああっ!?」
あまりにもびっくりしたので声が出てしまった。
この土地に来てから予想できないことばっかり起きていて、驚かないようにしてきたけど、今回はしょうがない。
だって、まさかそんなことが起こるはずがないのだから。
サジタリアス辺境伯の子女って貴族の娘ってことでしょ!?
そんな人物がこの村なんかにいるわけがないじゃん!
人口が増え始めてからというもの、犯罪者や無法者が入らないように素性をしっかりチェックをしてきたのだ。
まさか貴族の娘さんが村人に紛れているわけがないだろう。
「ぜったい、勘違いしてるよね、あれ」
「せやな。貴族の娘なんかおらへんがな」
私達は明らかな濡れ衣に戸惑いを隠せない。
こんなことで村を滅ぼされるなんて冗談じゃないよ。
「ユオ様……、あ、あのぉ……」
後ろを振り返るとリリの姿がある。
彼女もメテオと同じように顔を真っ青にして、あきらかにおびえている様子。
そりゃそうだ、こんな光景を目の前にしたら誰だって怖いよね。
「大丈夫。向こう側のきっと壮大な勘違いだから。誤解を解いたらなんとかなるよ」
領主たるもの焦っちゃダメだ。
私の焦りがみんなの焦りとなるし、ここはきちんと誤解を解くことに専念しなければ。
「そ、それが……サジタリアス辺境伯の娘って私なんですぅ」
「ほわぁっ!?」
「今まで黙ってて本当にごめんなさい! 親に指定された結婚相手が嫌で、城から逃げてきたんですぅ……」
「ほわぁああああああああああああ!?」
リリががくがくと震えながらとんでもないことを言い出す。
本日二度目の、喉から心臓が出てきそうな体験だ。
寿命が縮むから、こういうのやめてほしいんだけど。
リリの話によれば、彼女は結婚前夜に城を抜け出し、『勢い』で冒険者グループについてきたらしい。
自分で言うのもなんだけど、うちの村は泣く子も黙る禁断の大地にある。
そんなところについてくるなんて、どういう勢いなのよ。
「わ、私が今からあちらに行くだけで解決できないでしょうか? お世話になった皆さんを危険にさらすことはできません! 本当にごめんなさい!」
リリは泣きじゃくりながら私の胸に飛び込んでくる。
村の安全を考えたら彼女を引き渡すべきなんだろう。
しかし、私は彼女が家出してきた思いを知っているし、守ってあげると約束した。
その約束を破るわけにはいかない。
「それと今回の事件の実行犯と首謀者も引き渡すのだ。交渉はしないのだ!」
再び女騎士の声が響く。
なるほど、事態はもっとややこしいことになっているわけね。
実行犯と首謀者を引き渡せ……か。
それにしても、女騎士の言葉の語尾が「なのだ」っていうのは、ずいぶん場違いに聞こえる。
口癖なのかもしれないけれど、ちょっとのんびりした感じ。
話している内容との乖離がすごい。
「これは……困ったことになりましたね」
ララは眉間にしわを寄せて腕を組む。
相手は私たちが貴族の子女を誘拐したと思い込んでいるし、実際にその人物がこの村にいる。
リリが勝手に来たと言ったとしても、信じてもらえそうにない。
さらに向こうはリリだけじゃなくて、『首謀者』の身柄の引き渡しも要求している。
「ひぃいいい、じゃあ、うちは絶対にあかんやつじゃないですか!」
「ひぇえええ、その論理やと管理者責任でうちもアウトやろうな。いや、ユオ様もあかんかもわからんで!」
クエイクが悲鳴を上げ、メテオが顔を引きつらせる。
リリを連れてきたクエイクは実行犯として捕縛される可能性が高い。
もしかすると、冒険者グループのリーダーのハンスさんも捕縛の可能性が高い。
さらに言うと、クエイクの直接の上司であるメテオ、最終的に村にとどめた張本人である私も同罪だろう。
いや、私の責任ってだけで許してもらえないだろうか?
どうせ追放された身なのだし、村の経営はだいぶ軌道に乗ってきている。
もし、みんなの命が守られるのなら、私はこの身を差し出したっていい。
はっきり言って、私よりもララのほうが統治者として優秀だ。
彼女がいてくれれば、村はもっともっと発展するだろうから。
「私が行けば、なんとなるんじゃない?」
私は覚悟を決めて大きく息を吐く。
「いけませんよ。自己犠牲なんて、ご主人様には似合っていません」
私の意図を見透かしたのか、ララが私の肩に手を置いてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「どのみち、ここで折れたら村はもうおしまいです。辺境騎士団は悪鬼羅刹のごとく、村の隅々まで破壊するでしょう。せっかくの温泉も終わりですよ。くふふ、ご主人様、どうなさいますか?」
しかし、最後の最後で彼女はなぜか口元に笑顔を浮かべながら質問してくるのだ。
あまりのピンチに頭がおかしくなったのかと思ったけど、そうじゃないことはよくわかる。
彼女は私が追放された時だって笑っていたし、きっと勝算があるのだろう。
それにしてもこんなところで笑うなんて、ララこそ魔女みたいだけどね。
「……わかったわ。じゃあ、望ましくないお客様にはお引き取りいただくしかないわね」
ふぅっと息を吐いて私は本日二度目の覚悟を決める。
自己犠牲で解決しないのなら、あの手、この手で退散させるしかないよね。
言っとくけど、うちの温泉はガラの悪いお客様はお断りだからね。
「ユオ様ぁ、本当に、本当に申し訳ございません……」
リリは可愛い顔をぐちゃぐちゃにして、謝ってくる。
「大丈夫。守ってあげるって言ったでしょ?」
私は彼女の肩ををハグする。
リリの体は恐怖と懺悔で震えていて、それだけでも少し怒りが湧いてくる。
「こうなったら、やってやろうじゃない!」
私たちはこの村を守らなきゃいけない。
リリ、メテオ、クエイク、そして、みんなを守るために。
何より、私の温泉を守るためにも!
いや、私達の温泉を守り抜くためにも!!
「……温泉を守る、が多過ぎやない?」
メテオから鋭いツッコミが入るが、ここは聞こえないふりをする。
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