57.ラインハルト家の受難:ミラージュはユオの村を徹底的に壊滅させることを決意する

「そもそもだ。あの村は人口が100人程度しかいなかったはずだ! 何が起きている!?」


 ミラージュは辺境の村が冒険者や商人に支えられていることに驚きを隠せない。

 住民の大半は農民のはずであり、これほど短期間で人口が増えることも考えづらい。


 ミラージュは腕組みをして、考えを巡らせる。


 可能性として最も高いのは近隣の諸侯が援助していることだろうか?

 ビビッド商会やドワーフ王国が協力しているのはわかる。


 だが、それだけで人口100人の村が発展するはずはない。

 

 他にも後ろ盾がいるということか?

 

 いくら辺境の魔石が魅力的だからといって、次の日には投資がゼロになる地域だ。


 あまりにもリスクが大きすぎる。


 ……まさか、ラインハルト家の魔石の流通を阻害しようとする勢力がいるのか?


 いくら考えても結論はでない。


 しかし、答えは意外なところにあった。



「そっ、それが、ミラージュ様の治めるヤバス地方の村民たちが流出していることで、人口が大幅に増えているとのことです。人口が増えた結果、村はより発展しているとのことです……」


 ここでも予想だにしていない事態が起きていた。

 先日の魔石狩りで貧しい村々のいくつかがつぶれたのは知っていた。


 いや、知っていたどころではない。

 村がなくなっていたことでモンスター相手に散々な目にあったのだ。

 その時の記憶を思い出し、はらわたが煮えくり返る思いのミラージュである。

 

「なんだとぉおおお!? ヤバスの貧民どもが移民しているだと!?」


 ミラージュは思わず大きな声が出てしまう。


 彼は気づいてしまう。


 ユオの村を間接的に援助したのは、自分自身であるということを。

 ユオの村の人口を増やしたのは、自分のミスであることを。


 彼が圧政をしかなければ、ユオの村はこれほどのスピードで発展しなかったのだ。


 

「こうなったら、一刻も早くユオの村を徹底的に潰すっ!!!」


 ミラージュは拳を震わせる。


 ユオはラインハルト家の屋台骨を揺るがしかねないことをしているのだ。


 しかも、兄の領地の住民を奪い取るなど、自分に大きな恥をかかせてくれた。

 

 この恨みを晴らさずにおくべきか!


 ミラージュの中に、メラメラと怒りが湧き起こってくる。




「ミラージュ様、もう一つ、気になることあるのです。これだけはお耳に入れたいと思いまして……」


「ま、まだあるというのか!?」


 ミラージュは部下をにらみつけながら尋ねる。

 彼はもはやユオの村にどう攻め込むかしか考えていない。


 ビビッド商会やドワーフ王国と衝突するのは避けたかったが、もはや迷っている段階を通り過ぎていた。

 

 しかし、部下の顔色を見て、少しだけ踏みとどまることができた。

 その表情はこれまで以上に困惑に満ちたものだったのだ。



「……先日、行方不明になったサジタリアス辺境伯の令嬢のことを覚えてますか?」


「令嬢? それなら覚えている。あのローグ伯爵の何番目かの妻になるはずだった娘だろう」


 情報収集にさといミラージュはリース王国のみならず、周辺各国の動きもつぶさに把握するようにしていた。


 その中でもザスーラ連合国の北端にある、サジタリアス辺境伯の娘が行方不明になったことは広く語られていることだった。

 リース王国の有力者であるローグ伯爵との婚姻が決まりそうなタイミングで、娘がこつぜんといなくなってしまったとのこと。

 事態が発覚したときの辺境伯のうろたえぶりは隣国にも届いており、「消えた令嬢」についての情報には賞金がかけられている。



「その娘ですが辺境の村にいるのではないかという噂があります。あくまでも、噂ですが」


「なんだと!?」


「えぇ、桃色の髪や身長などの特徴が手配書と合致しています。数週間前に、怪しい猫人と一緒に辺境へとむかったと言われています」


「な、何が起きている!? 猫人、ドワーフに加えて、あの消えた令嬢だと!? ユオのやつはいったい何を考えているんだ!?」


 辺境の村について驚くべき事実がどんどん浮かんでくる。

 ユオの村が高品質低価格の魔石の出どころというだけで驚くべきことだ。


 それなのに、まさか『消えた令嬢』がその村にいるとは想像さえ及ばない。

 高貴な身分の辺境伯の令嬢がそんな場所にいるとは誰が思うだろうか。


 ミラージュは思わぬ事態に混乱の色を隠せない。

 呼吸は荒くなり、うっすらと汗すらかいてしまう。



「い、以上につきまして、ガガン様にご連絡差し上げますか? さっそく攻め込むてはずを整えられると思いますが」


「……いや、それはやめておけ」


 ミラージュは部下の提案を即座に却下する。

 その理由は簡単だった。


 彼は自分の圧政によって妹の辺境の村を発展させてしまったと気づいていた。

 

 『このままではラインハルト家の跡取りレースに汚点を残すことになりかねない』と考えたのだ。


 自分自身の裁量でこの一件を握りつぶさなければならない。


 そう彼は決意する。


「しかし、ガガン様からは一刻も早く魔石の流通をつぶせと言われておりますが……」


 部下は怪訝そうな顔をするも、ミラージュは首を横に振る。


「ふふふ、別に私が手を下すまでもない」


「そう言いますと?」


「サジタリアス辺境伯のところに情報を送れ。辺境に住む蛮族が令嬢を誘拐し、留めていると伝えるのだ」


「ははっ、仰せのままに!」


 辺境伯の娘がいるかもしれないという噂は、ユオの村を潰すために『使える』とミラージュは判断したのだった。


 それにラインハルト家がユオの村に攻め込んで取り潰してしまうと、ビビッド商会やドワーフ王国との関係もこじれるかもしれない。


 なんせ、ユオはもはや追放された身分で、ラインハルト家とはなんの関係もないことになっているからだ。


 父親に知らせない手前、これらの2つの勢力と真正面からことを構えるのはまずい。


 そこで、正当な理由を持ったサジタリアス辺境伯を使う。

 彼らなら、令嬢を助けるために、徹底的に殲滅行動をとってくれるはずだ。


 ミラージュは現時点で考えられる最善策をうったと、安堵する。



「くくく、ユオ、お前ももうおしまいだ。サジタリアスに蹂躙されてしまえ」


 娘が蛮族に捕まったとなると、屈強で知られるサジタリアスの騎士団が黙ってはいない。

 長年、辺境のモンスターを退けてきたサジタリアスに敵うはずもないだろう。


 サジタリアスには剣聖がいる。


 さらにはあの、天才さえも控えている。

 

 人口わずが数百人の村など、風前の灯火のようなものだ。


 ユオにふさわしい最期だったと、ミラージュは自分の深謀に酔いしれるのだった。

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