10.魔女様、温泉から塩を作ると食卓革命が起こる



「味が薄い……」


 辺境に赴いて困ったこと、それは食べ物についてだった。

 農地が荒れていたり、狩人が少なかったりで、村人から納められる農作物や獲物に限りがあることも原因の一つ。


 だけど、それ以上に決定的な問題があった。

 塩味が足りないのだ。

 それも圧倒的に。


「申し訳ございません。こちらの地域では塩が希少で、王都から持ってきたものを節約して使っているのです」


 料理を作ってくれているララはそう言って頭を下げるけど、彼女が悪いわけではない。

 塩が採れない土地ながら、塩を扱う行商人が寄り付かないことが原因なのだ。


 しかし、これは由々しき事態だよね。


 だって、塩がなくなったらほとんど何の味もしないものを食べなきゃいけない。

 冷遇されていたとはいえ、所詮、私は貴族のお嬢さまである。

 幼いころから美味しいものを食べて育ってきた。

 ぜいたくは言わないけど、塩ぐらいはしっかり摂りたい。



「村長さん、このあたりって海とかないかしら? もしくは塩がとれるところとか」


 村長さんに期待を込めて尋ねてみるけれど、悲しそうに無言で首を横に振られるのみだ。

 ぐむむ。

 このままじゃ素材の味を存分に楽しむだけの料理しか食べれなくなる。

 

 塩がないと食欲がわかないし、食欲がわかないと元気が出ない。

 健康っていう視点から見ても、塩不足はまずいんじゃないだろうか。

 

「はぁっ、難しいなぁ。塩なんて海に行けばいくらでもあるっていうのに」


 私は崖下の温泉に浸かりながら塩について考える。

 ララに聞いてみたところ、辺境の村や街で購入できる塩は非常に高価なのだそうだ。

 このド辺境領主の私としては、あんまりわがままなことは言ってられない。

 まさしく、お食事に関してはお先真っ暗な状態になっている。


「温泉みたいに塩もざくざく湧いてくればいいのに……。ん?」


 ここで私の頭の中にあるアイデアがひらめいたのだ。

 子供じみているけど、私は温泉のお湯をぺろっと舐めてみたのだった。


「ご主人様、お行儀わるいですよ!」


 ララには怒られるけど、直感に従うのが私の主義だ。

 

 そして、それは正しかった。

 私の舌の上にはあの味覚がきぃんっと広がったのだ。


「……しょっぱいじゃん、これ」


 温泉のお湯がかなりしょっぱいのだ。

 王都の南にある海に行ったことがあるけれど、海水のしょっぱさと同じぐらいに思える。

 毎日、温泉に入っているっていうのにどうして気づかなかったんだろう。


「ララも舐めてみなってば!」


「……本当ですね。温泉の水にも塩が含まれているんでしょうか」


 ララも意を決して温泉のお湯を舐めてみるけど同じ意見だった。

 ってことは、塩不足を解決する糸口が見えたってことだ!


「じゃあ、この温泉のお湯から塩が作れるんじゃないの? ほら、海水から塩を作るのと同じ要領で!」


 魔法の使えない私は子供のころから各国の色んな知識を仕入れるのが好きだった。

 その時に仕入れた雑学で、塩の作り方というものがある。

 これは海水を入れた大きな鍋を熱して、水をどんどん蒸発させると塩が残るっていう寸法だった。

 つまり、塩の溶けた水さえあれば塩づくりは難しくないはずなのだ。


「素晴らしいです! それにご主人様のスキルを使えばかなり簡単になると思います! 私、お鍋を持ってきますね!」


 ララも乗り気になって屋敷まで鍋を取りに帰る。

 私も温泉からざばっと上がると、急いで服を着る。


 私の行動原理は思いついたら即実行。

 アイデアはとにかく試してみなきゃ気が済まない。


 そう言えば、この温泉のもとになっている水は崖から染み出していたはず。


 その場所に行ってみると、温泉のもとになっている水にはいくつかの種類があるようだ。

 

・おなじみの卵のようなにおいのする黄色くにごった水。におう。

・白く白濁した水、これはとろっとした感じ。

・無色透明の水、においも少ない感じ

・赤っぽい水、ちょっと鉄っぽいにおいかな?


 他にもだばだば水が飛び出したのが合流してうちの温泉のもとになっているらしい。

 いったいどれぐらいの水が湧き出しているのか見当もつかない。

 よっし、それぞれの水から塩を取り出せるかやってみよう。



「ご主人様! お鍋をお持ちしました!」


 タイミングよくララが戻ってきたので作業開始だ。

 崖から流れてくるお湯を大中小の鍋に入れる。


「よぉし、じゃあ、加温するわよ!」


 私はそれぞれの鍋に手を置いて、一気に加温する。

 しゅわーっと蒸気が立つと、数秒後には底に、なにがしかの粉をこびりつかせるのみとなった。

 私は恐る恐るそれを指でこそぎおとして舐めてみる。


「……塩じゃん!」


「……塩ですね!」


 指先についた粉からは確実に塩の味がする。

 調べてみたところ、無色透明の水には私のよく知る塩が溶けているようだ。

 他の水の場合、どうしても温泉の風味が強すぎて料理には向いていないようだ。


「よっしゃ、これで塩不足は解消! 明日からはもっとおいしいものが食べられる!」


「さすがです、ご主人様! 私、腕によりをかけてお料理を作りますね!」


 やいのやいのと崖の下で小躍りする私たちなのであった。

 

「そうだ! ご主人様のつかったお湯から塩をとりだすのはいかがでしょうか? 高値で売れると思いますよ!」


 喜んでいる私を見て、ララがとんでもないことを言う。

 だが、もちろん、却下だ。

 ララは残念そうにしているが、絶対にヤダ。


 その後、私たちは村人にも塩を分けてあげることにした。

 温泉の水と私の能力があればいとも簡単に塩が作れるのだ。

 私が加温した鍋はずっと熱いままだし、ほぼほぼタダで作れるし。


「し、塩じゃあぁあ! まさに食卓革命じゃあ!」


「魔女様! ありがとうございます!」


「これで美味しいご飯が食べられるぞぉ!」


 味の薄い食事から解放され、涙を流して歓喜する村人たち。

 村人たちの喜びは領主の喜び。

 とっても誇らしい気分に浸る私なのだが、私の作る塩に『魔女塩』とかいう名前を付けるのは止めてほしいんだけど。


 なんていうか、呪われそうだし。



◇ 一方そのころ、村人たちは



「今度は魔女様が塩を配ってくれたぞ!」


「塩……!? そんな高価なものを!?」


「あぁ、魔女様の温泉からは無限に塩がとれるらしい」


「ひぃいいい、なんということだ。魔女様は本当に尋常のものではない……」


「よぉし、これを魔女塩と名付けるのじゃ!」


「よぉし、さっそく、今日は腕によりをかけて美味しい料理を作るわよ!」


 村人たちはユオの配った塩を通じて、食事に大きな喜びを見出せるようになった。

 その結果、彼らの忠誠心はよりいっそう固くなり、新領主であるユオに対する評価はさらにうなぎ登りになるのだった。



【魔女様の手に入れたもの】

・魔女塩:温泉の水分を蒸発散することで得られた塩。岩塩とも海塩とも違う、独特の風味を持つ。味が良く、肉にも野菜にも合う。俗に言うところの『甘い塩』。

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