9.魔女様、領民に温泉をお披露目するも、まさかの異臭騒ぎ
「さぁさぁ、みなさん、いらっしゃってくださいよ!」
そんなわけで村人の皆さんを呼んで温泉のお披露目会なのである。
目的はずばり、健康状態の悪い領民の皆さんに元気になってもらうこと。
私の見立てでは領民の7〜8割は体のどこかしこに不調を抱えているんじゃないだろうか。
そんな状態じゃ、この間みたいな魚に襲われただけで村が崩壊しかねない。
領民の健康管理は領主としても喫緊の課題なのである。
場所は村の外れのノボリベツ洞窟の近く。
私とララは着替えるための掘っ立て小屋や目隠しのための柵を建てたりした。
「魔女様、キラーフィッシュのお肉、ありがとうございました! おかげさまで、みんな元気になってきています。おじいちゃんもだいぶ良くなりました!」
一足早く到着したハンナが私の手をもってぶんぶんと振る。
彼女の肌艶も改善していて、天真らんまんな美少女の笑顔がそこにはあった。
うーむ、あの魚が栄養満点っていうのは本当だったみたいだ。
「ありがとうございました!」
村長さんも深々と礼をする。喜んでもらえて何よりだ。
ところで。
というわけで、私は本題に入る。
みんなを温泉へと案内するのだ。
村人のほとんどは農作業や狩りといった重労働に従事している。
だから、きっと温泉の癒し効果を堪能してもらえることだろう。
日々の労働から解放されて、ほっと一息つく様子を想像するだけで嬉しくなる。
「ひぃいいい、なんたることじゃあ! 村が始まって以来の異臭騒ぎじゃあ!」
……しかし、なかなか目論見通りにはいかないものだ。
村長が素っ頓狂な声をあげたことで、私の期待は裏切られてしまう。
た、確かに、驚かれるのも当然の話か。
この臭いについて、ちゃんと説明をしていなかったんだった。
「この臭いは回復を助けるものだから心配しないで大丈夫!」
泥縄になっちゃったけど、私達はみんなの不安を取り除くことにした。
しかし、領民の皆様の反応は……。
「ひぃいい、おっそろしいにおいだぞ?」
「まるで地獄みたいだ」
「かいふくって、開腹? ひぃいいい……」
こんな感じである。
まるっきりララの反応とおんなじなのだっただ。
ええい、一度入っちゃえばわかるはず。
そんなわけで、私達は領民の皆を優しく誘導することにする。
「さぁさぁ、みなさん、日ごろの疲れを癒してちょうだい! まずは足だけ入れてみてよ! 体がとろけちゃうから!」
領主たるもの領民から嫌われちゃおしまいだ。
笑顔を心がけながらみんなを誘導する。
しかし、彼らは一向に動こうとはしない。
それどころか、温泉を前にしてひそひそ声をあげる。
「溶けるですと!? な、なんと、魔女様はいけにえを求めとるんじゃあ!」
「い、いけにえ!?」
「確かにあのままでは村は壊滅するしかなかった!」
「あの魚で命拾いしたわしらは魔女様には逆らえぬ……!」
さらには勝手に邪悪な推察をして、恐ろしげな物語がスタートしている始末。
ララの冗談のせいでデマ情報が独り歩きしちゃってるみたいだ。
しかも、魚をあげたことまで妙に勘繰られているし。
「ララ、どうすんのよ! せっかく感謝されようとしてたのに怖がられてるじゃん!」
当然、諸悪の根源であるララを小突く私なのである。
気づいた時には村人たちは私のことを「魔女様」なんて呼んでいる。
もはや領主さまと呼ぶつもりもないらしい。
どこの世界に魔力ゼロの魔女が存在するかって言うの!
「魔女様は私の命を救ってくださいました。食料もくださいました。私の命は魔女様のものです。村のみんなのために私がいけにえになります!」
村人たちの不安をどのように鎮めようか考えあぐねていた時のことだった。
村長の孫娘のハンナが悲壮な表情で飛び出してきて、感動的なセリフを吐く。
いや、いけにえなんか要らないし。
そういう解釈をされても困るんだけど……。
「魔女様……、短い間ではございましたがお世話になりました」
ハンナはそう言うと殊勝な感じで笑顔をつくって、私たちににこっと笑いかける。
いや、温泉に入っても溶けて死んだりなんかしないからね?
とろけそうにはなるけど、気持ちいいだけだからね?
私が小声で真実を教えてあげるも、もはや聞いちゃいない。
ハンナは目をつぶって神妙な面持ちでお祈りを始めている。
「魔女様、私の命と引き換えに村をお守りください!」
ハンナは今生の別れの挨拶をすると、服を着たままどぼんっと温泉の中に入ってしまう。
悲壮な決意はいいんだけど、お行儀の悪い温泉の入り方だよ、ハンナさん!
「なんという娘だ!」
「ハンナ、お前の犠牲は忘れないぞ!」
「ハンナ、お前と戦いたかった……」
ハンナがぶくぶくとお湯の中に沈んでいくと、村人たちは涙をほろほろと流す。
私とララだけはその茶番を呆然とした表情で眺めていた。
ざばぁっ!
「わ、私、生きてます! 生きてますよ!??」
数秒後、沈んだと思われたハンナがお湯から浮かび上がる!
しかも、高い声で「生きてる、私、生きてる!?」などと叫び始めた。
いや、驚くことじゃないんだけど。
水深50センチもないし、むしろ、どうやって沈んでいけたのか聞きたいぐらいだ。
真実を知っている私をよそに、村人はそれこそ死者が生き返ったかのごとく驚く。
「ハンナが生き返ったぞ!」
「魔女様の奇跡だ!」
「ハンナと戦いたくない!」
などなど思うさま叫び声をあげる。
私が説明しようと試みるが聞いちゃいない。
「……魔女様、このお湯、変なにおいがしますけどすごく気持ちいいです! このお湯の中にいると身も心も溶けそうです! 変なにおいはしますけど!」
温泉の中心でハンナは叫んだのだった。
温泉の気持ちよさを村中のみんなに向かって。
あと、温泉の臭いをナチュラルにディスるな。
「お、おい、生きてるぞ! しかも、気持ちいいらしいぞ!」
「本当なのか? あの沼に入ったら溶けて死ぬんじゃなかったのか!?」
「うっ、においは確かにヤバいな……」
村人たちはまだまだ半信半疑の様子で、困惑の言葉を口にする。
ガヤガヤしている村人たちを黙らせたのはある男の一言だった。
「よかろう、わしが入って真偽を確かめようじゃないか」
それは村長のおじいさんだった。
体調がまだ万全じゃないのか、未だに村人たちに支えられている様子で歩くのもやっとという状態だ。
村長は服を着たまま神妙な面持ちでゆっくりとお湯の中につかっていく。
いや、温泉って服を脱いで入るものなんだけどなぁ。
衆目の前だし今日はしょうがないけど、温泉のルールは作らなきゃダメだな。
文字が読めない人のために絵でルールを説明するほうがいいかもしれない。
「……なるほど、なるほどじゃ」
私だったら足を踏み入れただけで気持ちいいと叫んでしまったけど、村長はぶつくさと小声を出すに留まっている。
年を取ると耐性がアップするという、やはり相当我慢強いのだろうか。
「ふむ、これはこれは…快なり…」
気づいた時には、ぷかーっと仰向けの姿勢でお湯に浮かぶ村長。
なかなかアクロバティックな温泉の入り方だけど、案外気持ちよさそうなスタイルだ。
……私も今度やってみよう。
その後、村長は温泉を1分ほど堪能すると「……なにが起きとるんじゃ、これは」などと独り言を言いながら、陸へと上がってくる。
「……あれ? 何か変わってない?」
「村長だよな、あれ?」
村人の皆さんからどよめきが起こる。
そう、明らかに村長の姿勢が変わったのだ。
温泉に入る前は誰か介助しないと歩けなかったのに、今は背筋も伸びて、しっかりした歩みになっているのだ。
「おじいちゃん、一人で歩けるの!?」
その様子に孫娘のハンナが驚きの声をあげる。
温泉のパワーなのか分からないけど、村長の脚の調子がよくなったらしい。
「奇跡だ! 魔女様が奇跡を起こされた!」
「妙なにおいは奇跡の匂いだったのか!?」
いきなり歩き出した村長の様子に村人たちは驚きの声をあげる。
温泉の匂いを変な風に解釈しているけれど、いやはや私だってわからない。
どうして村長さんの脚まで治ってしまったのだろう。
「魔女様、このたびは本当にありがとうございますですじゃ!」
村長さんはびしょ濡れのまま、その場で土下座してお礼を述べてくれる。
いやいやいや、そんな大したものじゃないってば。
本当に偶然の産物だからね。
「ふふ、やっとご主人様の素晴らしさがわかりましたね。それでは、明日から領民の皆様も入れる温泉を整備しますので協力してください」
「了解しました! 魔女様のために、ぜひ、やらせてください!」
「やるぞぉおおおーっ!」
ララが一件落着とばかりに出てきて、話を無理やりきれいにまとめる。
いや、おかしいでしょ!
私、魔女じゃないし!
そもそも魔力ゼロだし!
抗議の声をあげるけど、「魔女様、ばんざい!」の声にかき消される。
村が温泉を認めてくれたのは嬉しいけど、ララになんだかうまく乗せられている気もする。
「私はご主人様のためならなんでもしますからね!」
ララは笑顔でそう言うけど、彼女の有能さがちょっと怖くなるぐらいの私なのであった。
そりゃもちろん、頼もしいけどさぁ。
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