11.魔女様、村人のための公衆浴場をつくる


「ご主人様、温泉の建物ができあがってきましたよ」


 塩不足も解決し、領主生活にますます身が入る私なのである。

 日課の村の見回りのために出歩いていると、ララが温泉施設の経過報告をしてくれる。



 まずは私とララが使う温泉の建物だけど、こちらは屋敷の敷地に作るとのこと。

 柵もばっちり作ってくれて、素晴らしいったらありゃしない。

 ついでに温泉の底にたまった砂を抜いて、より快適にしてくれるとのことだ。

 


「領民の皆様向けの温泉ですが、別途、作りたいとのことです」


 次が領民用の温泉、公衆浴場だ。


 領主と同じ温泉を使うことには気が引けるらしく、別の場所に作るという話。

 村人たちは<<タケ>>と呼ばれる、このヤパン地方特有の植物を使って温水を運ぶ仕組みを考えたのだそうだ。

 男女別に分けるとのことで、浴場はかなり大きなものになるのではという話だ。



「ここまで作ってもらってありがたいけど、材料とかどうしてるの?」


「材料は村の廃屋のものを転用するそうです。木材を森から切り出すのは大変ですから」


 なるほど、それなら材料費は無料になるのか。

 実際に完成間近の建物を見たけれど十分にいい出来だった。


 それにしても、わずか1週間で二つの施設が出来上がりつつあることは驚きだった。

 食料があると、ここまで元気になるんだなぁって納得する私なのである。




 温泉現場についてみると、村人たちが和気あいあいと作業している。


「魔女様! 本日はご機嫌うるわしゅう! このサンライズ、この間の温泉と塩のおかげで快調ですぞ! 見てくだされ、もうすぐ完成ですじゃ!」


「あら、村長さん……、なんか大きくなってない?」


 その中でも異彩を放つのが村長さんだ。

 彼は太い材木を何本も肩に担いで軽々と運んでいる。

 この間までぷるぷると産まれたての羊みたいに震えていた人物とは思えない。


 こころなしか体も大きくなっているように見える。


 いや、どこからどうみてもマッチョじいさんだよね!?

 ひょっとしてこれも温泉と食べ物と塩の効果だっていうの!?


「魔女様! 工事の間、わしらも温泉を使わせてもらったらこの有様ですぞ! まだまだ若いものには負けませんぞ! いやぁ、最近は飯がうまくて困りますじゃ」


 村長が騒いでいるのを聞きつけたのか、工事に参加している人たちが私のもとへと集まってくる。

 その光景がちょっと異様なのだ。


 皆が皆、いい感じに日焼けして、いい笑顔と体をしている。

 塩を提供したことで食欲を取り戻し、その結果、体が仕上がってきたのだろうか。


 しかし、ナイスバルクばかりの村人に囲まれていると悪夢を見ているようだ。

 

「魔女様の温泉、最高ですよ!」


「わしらは一生、魔女様についていきます!」


 笑顔で温泉を褒めたたえる村人たちは元気そのものだ。

 そもそも、これって回復っていう次元なんだろうか…。

 温泉の謎は深まるばかりなのである。




「ご主人様、温泉の料金はいかがいたしますか?」


 わずか1週間後、領民のための公衆浴場は無事にオープンすることになった。

 最初は地獄みたいな臭いなんて言われてたけど、温泉好きな人が増えるのは素直に嬉しい。


 しかし、ララに質問されて私は我に返るのだ。

 そうだった。

 あくまでも温泉って私の持ち物になるのよね。

 

「思い切って領民は無料っていうのはどうかな? 塩の時もそうだったけど、みんなが元気になれば、その分、村も活性化するわけだし、最終的には税収も増えるかもだし」


「無料ですか? さすがにずっと無料にするとなると難しいかと思います。掃除や建物の修繕に運営管理をするだけでも人出は必要ですし、その分の給金も発生しますから」


 なるほど、いくらお湯や材料費がタダとはいえ、いろんな経費がかさむものだ。

 領主がなんでもかんでも与えるのはよくないと政治学の本に載っていたような気もする。


 えーと、たしか「魚を与えるよりも、釣りの仕方を教えよ」とかなんとかいうやつ。


 とはいえ、ここは辺境。


 ほとんどの人たちは自給自足の生活をしているわけで現金をそれほど持っているはずもない。

 実際、税金は農作物などの現物徴収で行われているわけだし。

 そんな彼らにお金を請求するのも気が引ける。



「そうだ! それなら、心付けってことにしたらどうかな? なんでもいいから寄付をしてくださいって言うわけ。子供や老人は本当にちょっとの寄付でいいし、稼ぎがある人はたくさん入れてもらえるかもしれないし」


「心付け……寄付制ですか、なるほどそれはいいですね」


 ララは私の提案を聞くと、一瞬考え込むそぶりを見せる。

 しかし、すぐに了承してくれるのだった。

 かくして、村の公衆浴場は「心付け」で入れるようになったのだ。




◇ 一方そのころ、村人たちは


「聞いたか!? 魔女様の温泉がついに我々にもオープンされたぞ!」


「村長がムキムキになった、あの温泉だろ! 疲労がポンっと吹っ飛ぶそうだ」


「たしかに、疲労がポンと弾け飛ぶぞ!」


「がはは、疲労がポンとは、いい例えだ! わしはあの温泉にはまっちまったぞ!」


「あぁ、一回、あの温泉に入るともう駄目だ。温泉なしの生活なんぞ考えられない!」


 一方、そのころ、村人たちは魔女の温泉が開かれることに大歓声を上げていた。

 とりわけ好評だったのは、入浴料を寄付制度にしたことである。



「うちの子供もおじいちゃんも入浴できるわ!」


「わしの膝の痛みも治るのかもしれんのぉ……」


「奇跡の泉を平民にも分けてくださるなんて、本当に魔女様には感謝しかないですよ!」


 村人たちは領主のユオに対する信仰にも似た、強い信頼感を感じていた。




【魔女様の手に入れたもの】

・公衆浴場:村人の健康のために設立された簡素な温泉施設。寄付によって運営されている。


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