7.魔女様、温かい沼に名前をつける【温泉の誕生】

「ふわぁーっ! すごいよ、これ!」


 水たまり(温かい)につかった私は声を上げてしまう。


 体全身を包む、お湯の鮮烈な感覚!

 何がすごいって、この白濁したお湯がすごいのだ。


 肌にとろっとまとわりついてきて体が溶けそうになる。

 この沼にそういう魔法でもかかってるんじゃないのってぐらい。


 それに、さきほどの戦闘で膝を擦りむいたのだけど、お湯に入っただけで痛みがなくなってしまった。

 何の原理だかわからないけど回復魔法でもかけられているみたい。



「だ、大丈夫ですか?」


「大丈夫どころの騒ぎじゃないわ! すごいの一言よ! 癒やされすぎる!」


 おずおずと顔を覗き込むララに向かって満面の笑みでガッツポーズをする私。

 あぁ、こんなに気持ちいいものが世界に存在していたなんて!


「ララ、あんたも入りなさいってば。ほらほら、服を脱がないと引きずりこむわよ」


「ひぃいいい! 私だってまだ死にたくありません! 遠慮させていただきますぅうう!」


 この快感と感動を独り占めしてはいけないと、私はララの手を引っ張る。

 お湯が溜まっている場所は岩陰になっていて遮断されているし、そもそも村人も近づかない場所らしく、あたりはしぃんとしている。


 恥ずかしがらなくても女同士だし別にいいじゃん。

 ララはあたりに誰もいないことを確認すると、裸になって恐る恐るお湯に入る。




「…えぇぇ、なんですかこれは! 見かけによらず気持ちいいです!」


 思惑通り、ララも私と同じような言葉を口にする。私はそれに深く頷く。

 お湯が私たちの体を包み、心も体もほぐれていくのを感じる。

 さっきまで地獄みたいな臭いと思ってたけど、今じゃこの匂いが心地いいぐらいだ。


「温度をあげたからでしょうか、すごくいい感じです。ご主人さまのヒーターのスキルがこの池の水と掛け算されたのでしょうか」


 ララは私のスキルによって水の性質が変わったのではないかと分析する。

 うーん、どうなんだろうか、私のはあくまでも温めるだけのスキルだと思うんだけど。


 温かい水に包まれているだけで、元気がお腹の底から湧いてくる。

 この快感の前では辺境に追放された疲れなんか一発で吹き飛びそうだ。


「回復魔法よりも気持ちいいですよ。すごい発見ですよ、これは!」


 ララは顔をピンク色に染めながら満面の笑みを浮かべている。

 クールなララがここまで笑顔を見せるのも珍しい。

 そうだよね、こんな気持ちいいものがあるなんて私だって知らなかった。


 それにお湯に入っていると、これまでのわだかまりが全て解放される気がするのだ。


 私は貴族として生まれてきた。


 普通に考えれば羨ましいものだけど、私にとって貴族のしきたりはとっても窮屈だった。


 余計なルールを押し付けてくる親や親族。


 特に父親や兄からは魔力ゼロだと、ずーっとバカにされてきたし……。


 でも、お湯に入っている時のこの解放感はなんだろう。


 貴族であるとか、魔力ゼロであるとか言う前に、私はただの一人の人間だって思い出させてくれるのだ。


 ただぼんやりしているだけだけど、すごくいい気持ち。

 ずっとこの時間が続けばいいのに……。



 そんなことを思っていると、私の2つの瞳からしずくが落ちた。


 ……あれ、私、泣いてるんだ。


 ……そっか、これまで結構、辛かったのかぁ。


 自分の心が洗われていくのを感じる私なのであった。


 

「ご主人さま!? いかがなされたのですか!?」


 私の涙腺が緩んだのを見て、ララが心配してくれる。

 慌てて、お湯で涙を流す私なのである。

 領主たるもの落ち込んでるところを見せちゃいけないのだ。 


 とはいえ。

 この陽気でのん気な私を泣かせるなんて、このお湯はすごい。

 きっと、人間の魂を解放させてくれる聖なる泉なんじゃないだろうか。


「そうだっ!」


 ここで私の中にとあるアイデアが降りてくる。

 

「これを領民のみんなにも味わってもらったらいいんじゃないかな! 領民のみんなが健康になれば、領地経営も安定化するでしょ」


「すばらしいアイデアです! さすがはご主人様、領民思いが過ぎます!」


 これにはララも大賛成だ。

 さっきまで地獄みたいな匂いって言ってくれていたけど。


「へへへ、絶対に喜ばれると思うんだよね。最高に気持ちいいし、この……えーと、これの名前をつけなきゃだね」


そこで気づくのがこの水たまりに名前がないことだ。

お湯っていうのも悪くはないけど、ちょっと違うよね。


「確かに。この不思議な水たまりに名前が必要ですね。領民の皆様に案内するのもたやすいと思われます」


 ふぅむ、確かに『温かい水たまり』じゃなんか不潔な感じもするし、人が入るってイメージもないよね。

 どうせならもっと清潔なイメージがほしいなぁ。

 聖なる泉とか、そういうの。


「もっとシンプルに温かい沼なので、温沼(おんぬま)はいかがですか? それとも、温かい池で温池(おんち)はどうでしょう?」


 ララには悪気はないようだがネーミングセンスが抜群に悪い。

 温かい沼に入りたい人間はそう多くないだろうし、温池にいたっては別の意味にとらえかねられない。

  

 温かくて、水が湧き出る場所……、温かくて、聖なる泉……。

 私は腕組みをして、しばしうなる。


「よっし、温かい泉で、温泉はどうかしら!」


「温泉! なんだかいい感じです! ものすごく効きそうです!」


 私の温泉というネーミングにララは素直に賛同する。


「よぉし、そうなったら村の皆さんが使えるように温泉を整備しなきゃ! ララ、明日から忙しくなるわよ!」


「ご主人様! わくわくしてきました!」


 お湯につかりながらはしゃぎまわる、私とララなのであった。



◇ 一方そのころ、村人たちは



「聞いたか? あの新領主さまは灼熱の魔女だったらしいぞ」


「そんなわけあるか! 灼熱の魔女っていうのは、おとぎ話の世界だろ!?」


「いや、それが、だ。ハンナの話では新領主さまは双頭の化け魚を瞬殺したとの話だ。しかも、無傷で、だぞ」


「無傷で瞬殺!? あ、ありえないだろ!ドラゴンイーターだぞ、あの化け物は!」


「しかも、慈悲深いことに、その肉を無料で分けてくださるということだ」


「ほ、本当か!? ここ最近、日照りがひどくてやばかったからありがたい!」


「俺の家族も大喜びさ。本当に魔女様は命の恩人だな……」


 寄り合いに集まった村人たちは口々にユオのことをたたえるのだった。



【魔女様の手に入れたもの】

・温泉?????:疲労回復などの機能を持つ泉。複数の源泉があるようだが、まだ完全には調査できていない。


【魔女様の発揮した能力】

・温熱キープ:対象の温度を一定に保つ。温泉の温度維持に使用。

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