88歳の呪い

常盤木雀

88歳の呪い

 むかしむかしの遠い国に、王子さまとお姫さまがいました。

 ふたりは十一歳のときに、恋に落ちました。


「なんて素敵な人だろう。ずっと君を愛するから、結婚してほしい」

「まあ、嬉しいわ。でも『ずっと』っていつまでかしら」


 お姫さまの問いに、王子さまは考えました。具体的に答えて、お姫さまからの信頼を得たいものです。


「今僕たちは十一歳だ。僕たちが八十八歳になるまで愛するよ」


 八十八歳というのは、賢者さまほどの長生きです。ほとんどの人が七十歳になるころには人生を終えてしまいます。


「死んだあとまで愛してくれるのね。ではわたしも八十八歳まであなたを愛します」


 お姫さまは喜び、ふたりは八十八歳までの愛を誓い合いました。



 さて、それから七十七年が経とうとしました。

 八十八歳までの愛を誓ったふたりは、もう王子さまとお姫さまではありませんが、おじいさんとおばあさんとして生きていました。そう、生きていたのです。


 人々は、今ではむかしよりも二十年も長生きするようになりました。ふたりの両親も、九十五歳まで生きました。


 王子さまだったおじいさんは、ある日不安になりました。


「もうすぐ八十八歳になってしまう。そうしたら妻の愛は消えてしまうのではないだろうか」


 おじいさんは、お姫さまだったおばあさんからの愛を失いたくありませんでした。けれども、このままでは誓いの八十八歳を迎えてしまいます。


 どうすれば愛を失わずに済むでしょうか。


 おじいさんは、魔女の力を借りることにしました。魔女は不思議な力をもっていて、普通ではできないようなことも可能にするのです。

 魔女はおじいさんに、策と魔法を封じたリボンを渡しました。


「このリボンをほどくと、魔法がかかります。お城中がたちまち眠りにつくでしょう。でも、これを授けるのは一度きりです。誰かが外からお城に触れたら、魔法は解けてしまいます」


 一週間後、おじいさんはおばあさんを誘って、森の奥の小さなお城へ行きました。みんなにしらせずにつくった、ふたりだけの秘密のお城です。

 森の花を楽しんで、もってきた食事をお城の小さなテーブルで食べました。そのあと、思い出の本を一緒に見ようと、ふたりは寝台に腰かけました。ふたりで並んで座れる椅子は、おじいさんが事前に隠してしまったので、寝台に座るほかなかったのです。


 おばあさんと並んで座り、おじいさんは膝と本の間に、魔女からもらったリボンをしのばせました。

 これでいつ眠ってしまっても大丈夫。

 おばあさんはおじいさんを見て微笑み、おじいさんは幸せでした。ずっとこうやって過ごしていたいと思いました。


 しかし、おばあさんが突然、隠していたリボンをすっと手に取りました。

 おじいさんは慌てました。一個しかないリボンです。返してもらわねばなりません。でも、おばあさんへのプレゼント以外で、今おじいさんがリボンをもっている理由があるでしょうか。


 おばあさんはくすくすと笑いました。それはお姫さまだったときと変わらない笑い方でした。

 おばあさんはリボンの片方をおじいさんにもたせました。おじいさんは、何が何なのか分からず、されるままにそれを握りました。


「あなたがこそこそ魔女と会っていたのは知っています。わたしの愛がそんなに信じられないかしら」


 おじいさんは驚いて目を見開きました。


「ほんとうに仕方のない人ね。付き合ってあげましょう」


 おばあさんはそういうと、おじいさんの止める間もなく、しゅるりとリボンをひっぱりました。

 リボンがほどけるやいなや、ふたりは眠りにつきました。魔女の魔法が発動したのでした。



 愛を失うことをおそれたおじいさんと、愛に寄り添いつづけたおばあさんは、深い森のどこかで長い眠りについている、なんてことはありません。

 一年後、ふたりの孫たちがお城を訪れて、魔法を解いたのです。それは、おばあさんが孫に、

「わたしたちがいなくなったら、一年くらいしてから迎えにきてね。数年でも良いわ」

とお願いしたことでした。孫たちは、協力して居場所を探して、約束の一年を待ってからふたりを起こしたのでした。


 目覚めたおじいさんとおばあさんは、八十八歳になっていました。

 けれども、ふたりの愛は褪せることなくふたりの間にありました。

 おじいさんは、魔法の前のおばあさんの言葉を聞いて、自分がどれほど愛されていたかを知りました。おばあさんは、おじいさんが自分の愛をそれほどまでに求めていたことを知りました。

 だから、ふたりの愛はよりいっそう深く、色濃くなったそうです。


 ふたりはいつまでも愛を忘れず、九十九歳まで生きました。きっとその後も愛はつづいていることでしょう。


 

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