セオと僕の八十八歳

加藤ゆたか

八十八歳

 西暦二千五百五十年。人類が不老不死になって五百年が経っている。


「ねえ、お父さん。お父さんは八十八歳の時はどんなだった?」


 青い髪の少女セオが僕の顔を覗き込むようにして聞いた。セオはパートナーロボットで僕の娘ということになっている。


「なんだ、八十八歳って?」

「お題だよ。八十八歳について書かないといけないの。」

「書く?」

「そう。小説型アクションゲーム『ノベルクエスト』のお題。」


 ああ、あれか。たまにセオがやっているゲームだ。書いた小説の読者数によってプレイヤーのレベルが上がるのだ。セオには言っていないが、ゲームでセオが書いた小説は、実は僕もこっそりと読んでいる。時折、変なテーマの小説を書くと思っていたが、それは運営からお題が出されていたからだったんだな。

 しかし、八十八歳って何なんだ?


「そんなよくわからないお題、書く必要あるのか?」

「あるよ! 書けばポイントもらえるんだもん!」

「うーむ……。」


 八十八歳。僕が不老不死になってからある程度の年月が経った頃だ。不老不死になった直後は、不老不死を維持するために取り戻した健康的な若い体でどこに行くのも楽しかったが、行きたいところも一通り行き尽くしてしまうと、僕は毎日を惰性で過ごすようになっていた。

 一方で、不老不死を拒否して寿命を受け入れた友人たちをたくさん見送ったのもあの頃だった。僕は当時のソーシャルネットワークサービスで彼らの死を知った。

 もう数百年も前に過ぎ去ってしまった時間だ。今、ピンポイントで八十八歳と言われても何も思うところはない。


「特にないなあ。今と変わらなかったよ。」

「ええー!? 本当に!?」


 セオが困り顔で僕の肩を叩きながら、何か思い出してよとしきりに言う。

 そうは言われても、こんな難しいお題を出す方がどうかしている。今の人類のほとんどは不老不死で五百歳を超えているのだ。まったく子供が生まれないわけではないが、年間の全世界の出生数は数人だ。十数年前に出生数が百年ぶりに五人を超えたと報道されたのを憶えている。


「そもそも、なんで八十八歳なんだ?」

「えーっと……、今回の企画を考えた人がもうすぐ八十八歳なんだって。」

「へえ、それは珍しいな。」


 先ほども言った通り、今年で八十八歳になる人間は全世界に数人しかいない。これから八十八歳を迎える人間の気持ちか。八十八歳は昔で言えばそこそこの長寿だった。たくさんの人に祝ってほしくなるのかもしれないな。僕は自分が不老不死になる前の感覚を五百年ぶりに思い出せた気がした。


「そうだ。セオはまだ二十五歳だ。八十八歳はこれからじゃないか。自分が八十八歳になったらどうなっているかを考えて書くのはどうだ?」

「え!? 私が? でも六十年以上も先だよ?」

「そうだけど、全く想像できないわけでもないだろう? だってここらの風景も何もかも、かれこれ百年は変わってない。」

「それじゃ、六十年後も私は今と変わらず、毎日ゲームやったり散歩したり、お父さんに料理作って、お父さんと一緒に過ごして、お父さんとこうやって話して、お父さんと一緒に笑ってるってこと?」

「そうだよ。」

「えー、それじゃ面白い小説にならないよー!」


 セオはそう言いながらも笑っていた。僕もつられて笑った。

 そうだよ。僕らは波瀾万丈な人生なんて望んでいない。穏やかで平坦な毎日をずっとずっと過ごせればいいんだ。セオと一緒に。永遠に。



 セオが書いた小説にはこう書かれていた。


「こうして八十八歳になった私は、今日もお父さんと一緒で幸せです。マルっと。」

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セオと僕の八十八歳 加藤ゆたか @yutaka_kato

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