お嬢様の猫が立ち上がり、喋りだした~炎の獅子と氷の竜と~

大月クマ

魔王はいません

 ここは、とある剣と魔法の国のお話――



 ――ローア? どういうことなの?


 わたし、キャスリン・マルグルーは夢を見ているのだろうか。

 オーク製の厳格な執務用机の上。そこに、わたしの黒猫であるローアが、なんと2足歩行で立ち上がったではないですか。

 そして、語りはじめた。


「ようやく揃ったか。『炎の獅子』と『氷の竜』の子孫達よ!」


 領内での無許可の猟をして、荒稼ぎをしていた赤毛の女。許可制である猟を勝手にやるのはもってのほか。兵士を派遣してなんとか捕まえた……とは言えない。1度目は追い返され、2度目に「気が変わった」と、「私に会いたい」と言いだし、大人しく連行されてきたそうです。

 通常なら、即、牢屋行き。ですが、「キティに会わせろ」と、暴れたそうで、わたしと対面する形となりました。

 場所はいつも使っている簡素な執務室ではなく、接待用の部屋。


「交渉には、力を見せつけないとダメだ」


 と、お祖父様の時代に作られた部屋。家中の骨董品やら豪華な調度品を集めている。少々息苦しいので、あまりわたしは使いたくない場所だ。

 しかし、何故、貴女なのか。


 マイケル・マーティン=グリーン。


 貴女は、王都にいたはず。

 それに女学校時代に学友だった――記憶はあまりないですが。彼女が目立たなかったためだろう――ビバリー・マクファーデンも一緒に。


「いやねぇ、勘当されちまったから、行く当てがなくて――」


 ヘラヘラ笑いながら、貴女は何を言っているの。

 噂で、貴女は「自分の婿になりたかったら、オレに勝て!」とか、難癖つけて、見合い相手をことごとく追い払っていることを。

 そして、王位継承者……皇太子を叩きのめしたとかは聞きましたが……。

 そういえば、わたしのところにも、皇太子の見合い話があったが、「領地経営で忙しい」と断った記憶が――

 とにかく、貴女が何故、わたしの領地にいる。

 それを問いただす前に、机の片隅にいる黒猫のローアが、突然と立ち上がったのです。


「変わった猫を飼っているなぁ」

「普通の猫のはずよ。貴女が来るまでは!」


 普通の猫のはずだ。『赤髪の少年マイケル』が、王都で助けてくれた銀色の猫ロキュータスはずいぶん前に亡くなってしまいました。

 それからしばらくして現れたのが、この黒猫ローア

 考えて見たら、普通の猫にしては長生きしているような気がします。20年というのは流石に言い過ぎだけれど。


「私の名前は、キラ・ヴィジター。誇り高き魔術士である」

「エラそうに何を言っているんだ?」


 ヒョイッと、マイケルがローアの首根っこを掴もうとした。が、その前に俊敏に動き、出された手に、軽い雷の魔法をかけたようだ。バリバリッと、音と閃光が走ったのが見えました。


「痛っ! 何しやがる。このクソ猫が!!」

「炎の獅子の子よ。気安く触れではない。お前達を導くために、ずっと待っていたのだ」

「何を?」

「魔王を倒すためだ」

「はッ? 魔王だって?」

「そうじゃ、悪しきロムラン帝国と王を――何? 何を笑いこられている?」


 何を言い出すかと思えば。わたしのローアは、いつの話をしているのだろう――


「帝国はとっくに無くなっているよ」


 マイケルがそう答えた。

 正確さはかけますが、海を挟んで対岸の土地を治めていたロムラン帝国は、クーデターが起きて崩壊。帝国は30年ほど前だったでしょうか。わたし達の産まれる前の話です。

 現在は立憲君主制の国。クーデターの首謀者であった現王が「君臨すれども統治せず」で、政治から手を引き、国民が動かしている国になっています。

 まあ帝国時代は『悪の帝国』と周りから警戒されていたことは、文献で読みました。しかし、ローアがヒドく警戒するほど、王も『魔王』というわけではなかったはず。

 各国がいがみ合いの時代など、わたし達が産まれる前の話。戦らしいことは、この10年ほど起きていないのです。


「魔王が死んだ!? ロムラン帝国はない!?」


 手短に説明すると、ローアはガクリとあからさまに落ち込みはじめました。


「私は貴方達が揃うことを、どれほど待っていたことが……ようやく『氷の竜』の子孫を見つけたというのに――」

「あの『氷の竜』というのは?」

「えっ!? 『氷の竜』じゃないの? その壁に備え付けてある槍は、代々『氷の竜』の正当な後継者に受け継がれているものだが――」


 と、わたしの後ろを指した。

 確かに壁に1本の槍が飾ってある。一応、わたしのマルグルー家は、槍術と棒術を合わせた武術を受け継いでいる。もちろん、手ほどきは受けたが、『氷の竜』とか何とかは、全く知らない。

 まあ、言われてみれば、わたしの家の紋章に青い竜は書かれているが――それの事かしら?


 続いて、ローアはマイケルを指す。


「そっちの赤髪の坊主――」

「オレは女だ!」

「えっ? マジで――すまない」

「腰の短剣は、『炎の獅子』の――」

「家の家宝だとは知っているが、勘当されたときに、嫌がらせで持ってきただけだ」


 確かにマイケルの腰には、装飾の施された短刀があった。よく見れば、柄頭に獅子のマークが付いている。

 そういえば、マイケルのマーティン=グリーン家の紋章は赤い獅子だ。

 ローアが言っていることは、確かそうなのですが……この時代に、『魔王』だの『悪の帝国』だの言っていたら、笑い話の種でしかない。

 ああ冒険小説ぐらい。黙って、ビバリーがメモをとり続けているのは、なんなのでしょうか――


「どうしよう……私は一体どうしたらいい。このために、人生を捧げたというのに――」


 偉大な魔法使いとかは知らないですが……一途な望みを叶えるために、猫の姿で機会を待っていたのでしょう。

 どれだけ長い間――って、ちょっと待って!


「ローア。あなた、今まで私のそばにいたときの記憶なんてのは――」

「大丈夫だよ。『氷の竜』の子孫よ。猫の時の記憶は、ほぼ無い。獅子と竜の子孫がであったときに――正確には、あの武器だ。短剣と槍が1カ所に揃わなければ、私は覚醒しない」

「それは本当でしょうね?」

「……」


 答えてくれなかった。

 領地経営の疲れが溜まったときに、ローア黒猫に散々甘えたことなど、口が裂けてもいえない。

 マイケルの前で、隣でメモを取るビバリーの前で、わたしだって領主代行としてのプライドがある。絶対隠さなければならない。


「で、オッサンは、何年前から猫の姿をしているんだ?」

「獅子の子孫よ。私はオッサンではない。お姉さんだ!」

「まあ、細かいことはどうでもいいんだよ」

「お前、自分は嫌がったのに他人は――」

「ガタガタ抜かすと、ゴミセンにするぞ!」


 と、マイケルは剣に手をかけた。


 ――ゴミセンってなに?


「西洋のギターみたいな――」

「ミッキー様。それは三味線です」

「ありがとう、ビバリー。その三味線の材料に――」

「年上に敬え。私が産まれたのは1734年だ」

「1734年? 88歳じゃないか。婆で決定だ!」

「誰が婆だ! お姉さんと呼べ!

 だいたい、この魔術士キラ・ヴィジターが、炎の獅子の力を会得していない者に負けるものか!」

「――ちょっと待て、何だその力?」

「教えないよ!」


 と、ローアは室内を走り回りだした。それを捕まえようと、マイケルも走り回るではないか! てか、あたしの家の調度品が、壊れる!

 舶来品のツボとか……それはお父様が大事にしていた――


「貴女達、子供じゃないんだから! いい加減にしなさい!!」




【つづく……かも】

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お嬢様の猫が立ち上がり、喋りだした~炎の獅子と氷の竜と~ 大月クマ @smurakam1978

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