「だってお話だから」、と先生は言うけれど

「鶴の恩返し、夕鶴ですね。助けた鶴がやって来て、機織りしてくれる。どんな感想を書いたんですか?」

「ええ、その機織りなんだけど。あれ、もしも覗かれて身バレしちゃったのがもっと後だったら、もう飛んで逃げる余力無くて、簡単に掴まっちゃったんじゃ、って」

「え?」

「そしたら、たとえお前が人間でなくても構わない、一緒にいてくれ、ってなって、鶴もそのまま一緒に暮らすことを決意してハッピーエンドだったかも? って」

「え?」

「そもそも、最初に、私は昼間あなたに助けられた鶴です、お礼をしに来ましたって言っちゃえばよかったのに、とも書いたわ。なんで隠したのかしらって。実際、今も不思議なのよね」

 首を捻っていると、でも貴禰さん、それじゃあ物語にならないから、と言われた。

 あら、先生と同じことを言うのね。


        ***


 読書感想文を書くのは、嫌いじゃなかった。読書は好きだし、その本のどこが好きで、どんな風に感じたか書くのは読書を楽しんた時間の追体験みたいなものだから。でも時々、その評価を巡って、若干面白くない気持ちになることはあるわけで。


 やっぱり、物語にツッコミはNGだった? お約束の書き方をすればよかった? 約束を破らなかったら幸せに暮らし続けられたかもしれない、約束を守ることは大切ですって?

 …でも、つうは身を削って反物を織っていたわけで、早晩体を壊して、悪くすると亡くなっていたかも。そう考えると、哀しい別れだれれど、あのタイミングでばれてよかったのかしら―。


 原稿用紙を開いて机の前に座って、そんなことをつらつらと考えながらなお、あのとき私は、大好きな本、北の国の海賊の仲間として航海に出た、小さくてちょっぴり臆病で、でもとても知恵があって、それに本当は勇気もある男の子のお話の本を選ぶかどうかで迷っていた。


 物語の大半は、男の子を含む海賊たちが行く先々でピンチに見舞われ、その都度、男の子の知恵と機転で切り抜けて一件落着、というもの。私の素直な感想は、


『男の子のおかげで、仲間の海賊たちは、危険な目から何度も助かりました。男の子は小さくて腕力は無いけれど、知恵を武器に戦います。とても素敵です。

 でも私は不思議です。何が不思議かと言うと、男の子が加わる前の海賊たちのことです。どうやってそれまで生き延びていたのか? とっても不思議です』


 だったのだけれど。それだと、また先生に、お話ですからねてっ言われそう、とか思っていた(ちなみに当時の担任はまだ20代半ばのお姉さんみたいな先生だった。名前、なんていったかしら? あそう? あらき?

 …最近、どうもパッと思い出せないのよね)。


「気にしなくてもいいんじゃないですか? 思うように書けば」

 初海さんは、悩む私にそう言った。そうよね、私もそう思う。そう応えて、感想文を仕上げて提出した。

 結果は。確か、1週間後くらいに出たんだっけ? どれどれ。

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