2047年12月23日。はじまりの日
この日記の1ページ目の日付は、2047年12月23日。そう、これは、5歳の誕生日の翌日。私は、人生1冊目の日記の最初のページに書き込んだ。
***
「2047年12月23日
10ねんにっきをはじめます。きよおばさまみたいになりたいから、すてきなことをたくさんみつけてかきます。10ねんごの、うんとおねえさんになっているわたしは、きょうのわたしをどうおもうでしょう!?」
***
きよおばさま。正確には、大叔母さま。父方の祖母の末の妹。お父様にとっては、5つ年下の、叔母。そう、10年日記を始めたのは、この
ある日、我が家を訪れていた大叔母が書き物をしている(手書きで!)のに興味を引かれ、傍に行って、それなぁに? と尋ねた。彼女は目を上げて微笑み、日記よ、日記を書いているの、と言った。
「日記?」
「そ。でも普通の日記じゃなくて、10年日記ね。この1冊に、10年分書いていくの」
そう言って、開いていた日記帳を指で示した。
***
10年分が1冊なんだもの、長々と書くスペースは無いわ。だからね、その日のできごとで印象深かったこと、自分を変えるかもしれないようなことを書いてるの―。
10年。自分がこれまでに生きて来た、2倍の時間。それを、1冊にまとめる日記を書いているという叔母の話に、感覚として理解が追い付かなかった。私にも、いずれ10年の、そしてそれ以上の月日が流れる。そうわかってはいたのだけれど、あまりに膨大な時間のようで、まったくピンと来なかった。だから、
「随分長い時間、同じ日記に書くのねえ」
と、思ったままを口にすると、
「そうね、この日記の最初のページを書いたとき、私はまだ20代だった。この日記が終わるころには、もうアラフォー。そんな自分、想像もできないけれど!」
そう言って、笑った。
そうか。もうすぐ5歳の私が、今、書き始めると、書き終わるころには、14歳? 15歳? すっごいお姉さんになっているんだわ。そのとき、自分は今の私をどう思うだろう?
「私も…」
「ん?」
「私も、書きたい。日記、10年日記!」
「あら、いいじゃない。書いてごらん。もし、途中で嫌になっちゃってもね、それはそれでいいのよ。あまり考え込まないで行動に移すこと、これが大事よ」
***
誕生日プレゼントは、日記帳がいいの!! そう言って買ってもらった人生最初の日記帳を手に日記の書き方を訊ねた私に、大叔母は言った。好きに書きなさい、と。
「でも! こないだ、いんしょーぶかかったこと、とか、そんなものを書くの、っておっしゃったわ。それって、何? どんなものを書くの?」
そう言うと、彼女は少し考え込んだ。
「確かに、ノーヒントで書き出すのはハードル高いかもね。じゃあ、これは、あくまでも私のやり方なんだけど。いい?」
そう言われて、大きく頷いた。
「こないだも言ったけどね、10年が1冊になるから、1日分たくさんは書けないわ。だから、私は、その日の中で一番心に残ったことを書いているの。
この、一番心に残ったこと、これが、印象深かったことってこと」
「ふぅん?」
何となくピンと来なくて、私は曖昧な声を上げ、
「でも、特に何もなかった日は、どうすればいいのかしら」
と尋ねた。
「探すの」
「探す?」
「そう。朝起きてから、今までの間で、一番のできごとは、って思い返す」
「今日の、一番…」
私は、考え込んだ。ごく普通の1日。昨日とそんなに変わらない。その中で、何か特別なことを探さなくちゃいけないのかしら。
「…何もないわ」
散々考えて、ついに音を上げ、私はそう申告した。何もないなんて変、とか言われないかとちょっと不安になりながら。でも、大叔母はそうは言わなかった。
「最初は難しいかもね。でもね、日記に書く『何か』を探そうとし続けているうちに、だんだん見つけられるようになると思うわ。最初は私も難しかった、でも、それに慣れたらね、普通の1日、退屈な日ってのが、ほとんど無くなったのよね。
だから、私が日記を書くのはね、何でもない日でも、何かしら書くべきことがあるって、探すためでもあるの」
…よくわからないけれど。とりあえず、今日のできごとは、日記を書はじめた、ということになるかしら。10年後の私がどう思うか、って書いておこう。
「いいんじゃない? 何も決まりは無い。あなたの日記だから、好きに書けばいいのよ。楽しみなさいな」
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