第9話
気づいたら、朝を迎えていた。自分の部屋のベッド上で。昨日何があったか、全く思い出せない。
だが漠然と、時音に会いたいと思っていた。一人だけ別居しているというのは、おかしなことに思える。
だって俺達、皆兄弟じゃないか。何を遠慮することがあったのだろう。
時音はどうして家を出て行ったのか、その理由が思い出せない。まさか俺が追い出したわけでもあるまいし。
「兄貴、おはよう」
一茶が声をかけてきた。いつもの調子だ。少し低い声のトーンは、かえって安心感がある。
「いやー昨日大変だったんだぜ、何かいきなり倒れてさぁ。なぁ一茶」
茶也が茶化すように言う。こちらは相変わらずうるさい声質なので、安堵は一瞬で無きものになった。
それにしても、何だこの違和感は。
何かがおかしい、しかし何がおかしいのかわからない。気持ち悪さだけが心を支配する。
「そうか、すまないな。昨日は疲れていて、記憶があんまり無いんだ」
それだけ言うと、俺は自分の部屋へ帰った。今、人と話すと気が狂いそうだからだ。
布団を被って、脳内を整理しようと試みる。
昨日は、時音の家に行って、それで__どうなったんだったか。肝心なところが、モヤがかかったかのように思い出せない。そもそも何故家に行ったのか、それすら頭から抜け落ちている。そもそも時音の家って何だ。俺達は一緒に暮らしていたじゃないか。どうして一人だけ別居しているんだ。
「おい、兄貴」
乱雑にドアをノックする音が聞こえた。この声は茶也だ。
「時音兄さんが帰って来たよ、兄貴と話したいんだってさ」
一茶は許可なしにドアを開け放った。そこに居たのは、弟二人と。
他でもない俺の双子の弟、時音だった。
「やぁ兄弟、昨日ぶり。すまなかったね、急に出て行ったりして」
ぼんやりと昨日の記憶が浮き上がってくる。そうだ、昨日は時音の態度にイライラして、それで口論に__
「構わないさ、おかえり時音。こちらこそすまなかったな」
随分と酷いことを言ってしまった。「家に居るな」だの「お前のことが嫌いだ」だの。
「許してくれるなんて、流石兄弟!優しいね。そういうキミが好きさ」
時音が抱きついてきた。着物というのは、思ったより体温が伝わってくる。少し暑苦しいとは思いながらも、自分より身長が低い時音の頭を撫で、
「ありがとう」
と返す。
しかし、心の何処かで何かが引っかかっている。これは一体何だろう。
それを知る術もなしに、これからも日常は続いていく。
触れてはいけなかった、何か。 景文日向 @naru39398
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