第5話

「おい、この札効果ないじゃないか!」

仕事終わりに川越まで足を延ばし、時音の家を訪問した。彼は呆れた、と言わんばかりの瞳でこちらを見つめている。

「……何に使ったんだい?」

溜め息をつきながら、彼は問うてきた。その声は心なしか、冷たく感じられる。

「弟たちを元に戻してくれ、と」

昨日のことを思い出すだけで恥ずかしい。恐らく今も顔が赤いが、気にしている場合ではない。

「で、何で効果がなかったってわかったのさ」

時音はそれをいじることなく、淡々とした口調で続ける。何か考え事をしているようだ。

「二人が何も変わらなかったからだ」

事実、あの後風呂に二人で入っていた。そして同じベッドで寝ている。

「……朝飛、お前は頭が固いからわからないかもしれないが」

一言余計なことを添えて、彼は語り出した。

「僕はね、あの二人は普通だと思ってるよ。違和感はあるけれど、それが異常とは限らない。兄弟としてなら、僕とお前みたいに嫌い合ってる方がおかしいのさ。お前はあの二人に対して嫌悪感やら恐怖やらを持っている様だが、それもおかしな話さ。本人達は普通なんだよ、二人で一つになっていることが。互いの名前を違えたり、風呂に一緒に入ったり。お前は元に戻してくれと頼んだみたいだが、それじゃあ駄目なのさ。だって今が『元の状態』なんだから。俺が思い描いた通りの兄弟像にしてくれ、くらい言わなきゃ。札の無駄打ちだったな、残念でした」

二人で一つ。その感覚がまるでわからず、考え込んでしまう。それはどういうことなのか。そもそも、あり得るのか。時音は俺がおかしいかのような言い方をするが、そんなはずはない。極めて一般的な感性のはずだ。

「ははは、能面が固まっている。そんなにわからないものかい?二人で一つなんて、腐るほどあるだろうに。僕とお前だって、二人で一つさ。正反対のものを持って生まれ、結果嫌い合う。双子の二人が見ても立派な『関係』じゃあないか?違うかい?」

反論したいが、言葉が見つからない。

「まあ、札はまだあるんだ。じっくり考えることだね」

もう興味がなくなったらしい、手遊びを始めた時音を一瞥しこの場を後にした。


「考えてはいる、お前にはわからないだけだ」

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