九条家の人々と就職と 1
都心から少し離れた、昔々の別荘地。大きな敷地とお屋敷に気圧される。
…この仕事を受けたら、私も、ここで暮らすのよねー。
厚手のウールコートすら貫通して染み入るような外気の冷たさ、それだけではない何かで、背筋がぶるりと震えた。
応接間で私を出迎えたのは、この家の主人、件のお嬢様のお父様の九条氏だった。絵に描いたような上流階級の雰囲気の人。こういう人、いるところにはいるのね。
「ではこれから、うちの娘を紹介するよ。何と言うか、ちょっと変わった子だけど、いい子なんだ。もしも君が来てくれたら、きっと、うまくやっていけると思う」
そう言って、私の雇い主候補(?)、九条氏はにっこり微笑んだ。40代半ばと思しき彼は紳士然として、彼からしたらほんの小娘の私にも、丁寧な物腰で接してくれた。18歳にして、世話係というか『ねえや』というか、とにかくあまり一般的ではなさげな職業を人生初の仕事に選ぶかどうかの岐路にいる、そんな私の緊張を和らげようとしてくれているのが、しっかりと伝わって来た。
そんな気遣いをされてなお、どう応えたものかわからずに、私はただ、あ、はい、とだけ言って頭を下げたのだけれど。
「貴禰、おいで。紹介するよ」
九条氏が、娘を呼ぶ。 “お嬢様”ねえ。どんな子かしら。小説やドラマみたいに、ものすごい我儘だったり意地悪だったりしたり? ―。そんなことを考えていたら、応接室の扉が開いて、小さな人影が入って来た。6歳、小学1年生(もうすぐ2年生)の、女の子。貴禰お嬢様。
整った容姿の中に、綺麗とか可愛いといった表現では収まりきらない独特の印象を与える力強い瞳。その瞳で、じっ、とこちらを見てくるので、なんだか落ち着かない気分になった。張り付いた唇を何とか動かそうとしていると、
「はじめまして、九条 貴禰です」
と、にこりともせず言われ、ぺこりと頭を下げられた。
「あ…、佐納 初海です」
よろしく、と続けた声は、少し掠れてしまった。そのまま、じっと見つめ合う、というか、睨み合う? え。…どうしてそんなに睨んでくるの?
「どうかな?」
私たちを交互に見て、九条氏が言う。私が決めることではない、と、思って黙っていると、お嬢様が口を開いた。
「お父様、そんな急には、決められませんよ。まして、住み込みでお願いしているのですもの。お返事は、後でよいのでは」
大人びた言い方に驚いたけど、それよりも、え、どういうこと? 即決できない? それって、遠回しなお断りかしら? 自分でも受けるかどうか決めていないのに変な話だけれど、ちょっとだけショックを受けた。
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