化粧中のOL

 お下品だけれど……私は今、電車に揺られながら化粧をしている。

 昨日、失恋してボロボロと大量の涙を流してしまった私。帰宅して大泣きしていたら、寝るのが遅くなってしまった。それで今日は寝坊した。しかも号泣したせいで、両目は腫れている。ひどい顔だけれど、自宅で化粧をすれば仕事に遅刻してしまう。

 だから私は今朝、電車内で化粧をすることにした。人生初の盛り鉄。いけないことだけど、はしたないことだけど、今回は許してくださいね神様。私は昨晩から、傷付いているのです。

 ……よし、終わった。

 不馴れながらも、私は初の電車内での化粧を無事に済ませた。大丈夫、全て誤魔化せている。


「なぁーんで誰も! この人に席を譲らないんだっ?」


 鏡を見てホッとしたのも束の間。電車内で誰かが叫んだ。鏡から視線をずらすと、そこにいたのは怒っているおばあさん。そして、そのおばあさんの隣にいたのは妊婦さんだった。

 しまった……。

 私が化粧なんてしていなければ、すぐに席を譲れたのに……。

 こんなことになるなんて、最悪。

 

「あたしゃあ88年も生きてきたが……随分と冷たくなったなぁ、世の中ぁ!」

「勝手なのばっかだから優先席が作られたっちゅーのに、これじゃあ何のために優先席ができたのか……分かんないなぁ!」


 盛り鉄したことを後悔している私に、おばあさんが容赦なくグサグサ言葉を刺してくる。ごめんなさい。恥ずかしさと申し訳なさで、私は頭を下げていた。心の中でしか謝れない。


「さ、座りな。あたしゃ足腰を鍛えるから、ずーっと立ったままで大丈夫だ! だからぁ、誰もあたしに譲るなよ!」


 ああ、この状況で誰かが妊婦さんに席を譲ったのね。

 勇気あるなぁ。

 優しいなぁ。

 こんな私なんかとは大違い……。

 そっか、そういうとこだよね私。




「はぁ……」


 電車から降りて、駅を出て、道を歩いている。足を進めていると、ため息が出た。さっきから、ずっと昨日のことを思い出していた。元カレに言われたことは、電車で妊婦さんのために怒っていたおばあさんの言葉と同じくらいグサッとくるものだった。なぜ刺さったのか、なぜ痛かったのか、それが今なら分かる。全て本当のことだったから。


「君はワガママだよ!」

「なぜ僕を分かろうとしない?」

「自分のことしか思いやっていないんだな!」


 その通りだった。あのときは自分がフラれて悲しいってことしか頭になかったから、「嫌だ!」とか「別れないで!」とか泣きわめくことしかできなかった。

 でも、あの出来事で……おばあさんの言動を見て目が覚めた。どんな理由があっても、成功しても、もう二度と盛り鉄はしない。自分勝手は誰かを傷付けることになる。バカな私は今になって、それを知った。

 ……よし。




 昨日は泣いてばかりで、ごめんなさい。

 あなたのことを考えていなかった。

 私は自分勝手でした。

 あなたの言っていることが正しかったです。

 難しいけれど、これから私は頑張ります。

 私は変わります。

 今まで私といてくれて、ありがとう。

 さようなら。

 もっとステキな誰かと、お幸せに。


「……これで良い……」


 仕事が終わった後、私は彼にメッセージを送った。読んでもらえないかもしれないけれど。それでも伝えたかった。本当は電話をしたかったけれど、そっちの方が難しそうな気がする。

 そもそも、こんな私に恋なんて早かったのかもしれない。未熟な私が恋愛なんて、するものではなかった。しばらくは恋をやめよう。


「……えっ?」


 メッセージを送った後、まさかの電話が掛かってきた。


「も、もしもし?」

「もしもし。あのさ……」


 電話の相手は、彼だった。そして彼は言ってくれた。


「昨日ひどいことを言っちゃって、ごめんね」

「僕も……いや僕が悪かったんだ」

「自分勝手なのは僕だったよ」

「本当は、君と別れたくなんてなかったんだ」


 私は、また涙を流した。でも、これは昨夜とは違って嬉し涙。彼は、やっぱり優しかった。そして、私を愛してくれていた。


「お願いだ。どうか僕と、やり直して欲しい。改めて恋人になってください」

「……はい!」


 お互い未熟な私たち。だから、一緒に成長しよう、変わろう、強くなろう。きっと、いや絶対に私たち二人なら大丈夫。

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