閑話 コーヒーとチョコ

「レオン、ひとついいですか?」

「ん、何?」


だらだらとテレビを見ていたレオンは、ライフの言葉に顔を上げた。


本日休日……まぁ引きこもりの在宅ワーカーにはその時仕事があるかないかはあっても休日というものがあるのか怪しいが。締切の近い仕事がひとつもないので、今日は休日ったら休日なのである。それにカレンダーも赤い。だからライフが声をかけてきたのも多分プロフェッサーからの連絡じゃないので、レオンの声音はたいそう呑気だった。


飛行型タブレット形状の生活補助AI「ライフ」は、画面に可愛い顔を写しながら疑問をひとつ提示する。


「キッチンのドリップコーヒーはいつ入れるのでしょうか。」

「……なんて?」

「キッチンのドリップコーヒーです。1時間30分前に貴方がキッチンに持っていきました。いつもならもうコーヒーを作り終わって飲み始めていると思うのですが。」


ライフはレオンが作った賢い子なので、レオンが何も頼まなくても違和感を感知してこうやって教えてくれる。いちいち小言を言うロボになったらレオンのストレス指数がぶち壊れるので、「明らかな違和感」でもなきゃ声をあげないようにしてるんだけど。


「しんっじらんない……二時間も蒸らしてたの!?」

「1時間31分です、レオン。」

「言ってよ!」

「特にリマインドを指示されませんでした。」

「んんぁー!」


慌ててキッチンまで飛んでいけば、寂しく湿ったドリップコーヒーがセットされたマグカップが鎮座している。


一人分にパッケージングされたドリップコーヒーをご存知だろうか。所謂ドリップバッグコーヒー。挽いた豆が一杯分ドリップバッグに入っており、それをカップにセットして上からお湯を入れることで、ええ感じのコーヒーをお手軽に飲むことが出来るやつである。


そのタイプは大抵、作り方のところに「お湯を注いで30秒から一分くらい蒸らしてね」って書いてある。だからレオンも、ちょっとドリップコーヒーを置いてテレビを眺めていたのである。


うんそう。ちょっと(1時間32分)眺めてた。


「あぁ〜蒸らしすぎると美味しくないって聞いたことある〜〜〜しくった〜〜」

「レオンにその味の違いは分からないのでは?」

「まぁ馬鹿舌ですけども。てか傷心の俺をもう少し励まそうとかいうアレはないの?」

「励ましの言葉からピックアップして再生しましょうか?」

「その前振りついてたら嫌だよ。今度から落ち込んでたら勝手に再生して。」

「了解しました。」


ブチブチ言いながらお湯を注いで、ドリップバッグをカップから外す。氷をふたつほど入れて温度を下げてから、レオンはそれを恐る恐る飲んだ。


無言でコーヒーカップを見つめる。テレビの音が響いている。首をひとつ捻ってから、レオンはもう一口飲んだ。


「あー、うん。馬鹿舌だから分かんねぇや!ふつーにコーヒー、モーマンタイ!」


力強く頷いてから何度目かに首を捻った。


「でも気持ちいつもより後味渋い気はする。プラシーボ?」

「だと思いますよ。」

「だから冷たいんよなぁ、まぁ俺が開発して俺と会話して自己学習してる会話プログラムが温厚で陽キャになったらそれはそれで怯えるけど……」

「イエス、レオン。飼い主に似たわけです。」

「ペットなんか、君。」


ボヤきながら冷蔵庫を開けて、チョコレートが詰まったトレイを取り出す。何箱かある中からいちごのリキュールが入ったチョコレートボンボンの箱を取りだして、トレイを元の位置に戻した。


昨日スクールに出かけたら、やけにチョコをいっぱい貰ったのだ。道行く顔見知りの生徒から「今日は大教室だから来ると思ったわ」ってなんか山ほど貰った。「え何、チョコ流行ってんの?」って言ったら全員が全員爆笑してた。なんだったんだろう。貰える分にはありがたいけど、謎が深い。なんかキャンペーンだったのかな。


貰った中でも一等美味しかったこのチョコレートボンボンは、もう残り四個しかない。


「ライフ、これ冷蔵庫のリストから消しといて。」

「バーコードをスキャンします。商品をリストから消去しますか?」

「よろ〜」


そこそこの度数だけど、マァ休日なので、ヨシ。四つくらいノーカンでしょ。


「甘い物食べたあとのコーヒーは大抵美味いからね。」

「甘みが苦味と酸味を引き立てるという話ですか?」

「仕組みはよく知らん。経験論。」


口の中にチョコを放り込む。チョコの甘みとアルコールの苦味、それからフルーツ特有の重めの甘さ。コーヒーで流し込めば、渋い後味も誤魔化される。


「ウマ。」

「レオン、まさか昼食をそれにするつもりではありませんよね?」

「……今何時?」

「只今の時刻は13時1分。」

「腹減ってなァい……あり、テレビでもチョコの話してる。やっぱなんか流行っ、て……待って、ライフ今日何日?」


なんとなくこのチョコラッシュの理由にあたりがついて、レオンは頬をひきつらせた。


「二月十四日です。」

「え?あれ?そういうこと?……お花送る日じゃなかったっけ、バレンタインデーって。」

「様々な風習がありますよ、レオン。現在地周辺では、友人や恋人にチョコを送る文化と、恋人や家族に花を贈る文化が混在しています。去年も同じ話をしましたよ、レオン。」


あぁここは異文化ごった煮の国、ラン・ダ・ライズンダン。レオンの実家ではバレンタインは子供が親に花送る日って相場が決まってたのに。去年もチョコの山受け取ってから思い出したんだったとレオンは天井を仰いだ。


力ない呻きと共に、レオンは二個目のボンボンショコラを噛み砕く。


「実家に送る花と、休み明けに教室に置くお菓子探すから、まず花屋のサイト開いて……」

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