36. 不動産屋「ナツメグ」

 これ以上、御苑みそのと一緒に居たら罪悪感に苛まれるよ…。

 私は、御苑を…。

 大切なヒトだって思えるから…。

「はい。到着…」

 赤い看板で『ナツメグ』と書かれた場所に到着。

 振り返ると、さとうくんが住むアパートの真ん前。

 しかも、隣は便利屋『ゆず古庄こしょう』。

 ナツメグが赤を基調にしているせいか、白を基調にしているゆず古庄の存在があまりない。

 現に、今、私はココにゆず古庄がある事実を知り、チラッと二度見した。

「こんにちは」

 とりあえず、ドアを開けて中を拝見。

 中も赤かと思ったら、ダークブラウンのものが多かった。

 意外と、普通…。

「いらっしゃいませ」

 渋い声の店主らしきヒトがいて、見覚えのある顔がいた。

「あっ…」

 ヤバいと顔を隠した古庄さんが、

「ゆずとお知り合い…?」

 低音ボイスと見た目が様になっているオジさまに鋭く言い放たれる。

「そうだよ…」

 古庄さんは不機嫌に答えた。

「じゃあ、特別割引しましょう」

 万遍の笑顔で、店主さんは手招きする。

「どうぞ…」

 古庄さんはスマートにエスコートする。

「ありがとうございます…」

 古庄さんとの距離が近付いた時に、

『遠くには行かせない…』

 そう囁かれて、

「えぇっ?!」

 驚いている間に、目の前にいる店主と目が合う。

「目の前にあるアパート空きがあるんだけど、どう…?」

 どうやら、事情は知っているらしい…?

「もっと、遠いところがいい…?」

「目の前のアパートでいいんじゃない…?」

 古庄さん、あなたが決めることではないよ…?

「値段によります…」

 家賃高かったら、アルバイトしなきゃいけないし…。

「あぁ、大丈夫。タダ同然の価格だから」

 え…?

「ゆずのお知り合い、だから…」

 と提示された価格に、驚きを隠せなかった…。

「い、いいんですか…?」

 安過ぎやしませんか…?

「よくないっ!!」

 勢いよく開かれたドアと同時に、御苑の声が聞こえた。

「いや、お前に拒否権ないから」

 と、古庄さんが言った。

「古庄先輩にも拒否権ないですっ!!」

 そうだけど…。

『また今度おいで』

 店主さんは、見積書を密かに手渡してくれた。

『ありがとうございます…』

 軽くお辞儀をして、帰ろうとしたら、

汐里しおりさん、一緒にいてください…」

 古庄さんと言い合っていた御苑が、不意打ちでそんなことを言ったので、

「公開プロポーズなら、もっと場所選んだ方がよくないか…?」

 店主に突っ込まれ、

「だから、出て行かれるんじゃないのか…?」

 古庄さんにまで…。

「だって、汐里さんはボクの…」

 よからぬことを言いそうな気がしたので、

「帰ろうっ!!」

 御苑の手を握り、見積書を握りしめて。

「また来ますっ!!」

「来なくていいですっ!!」

 いや、来るから。

 って、御苑の怒った顔が可愛くて思わず俯いた。

「帰れ。バカップル」

「ゆず、営業妨害…」

 とりあえず、帰ろう…。

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