霊徹な代弁者の気持ちの伝え方

第16話

　思原の言葉に追い立てられる様に言葉を吐き出す。

「僕は、何をすればいいんだ」

　すると思原は、微かに笑う。

「そうだな。すべきなのは、…。なあ静永、お前は悲しんだか」

　悲しむ、か。どうだろうな、何故か最近、悲しんでいない様な。

「きっと、怒りで胸が塞がって、悲しんでいられなかったのだろう。だから今は悲しむべきだ。泣いてもいいし喚いてもいい。そして寂しさを噛みしめる。悲しむのは、必ずしも悪いことでは無い」そうか僕は、怒りで何も感じられないでいたのかな。泣いていいなんて初めてだ。

「それで、人は前へ進める。今を知って、自分が立ち止まっていたと気づくのだろう」

　泣いていい、なんて言われて少し呆けていた心が、直りだしたのか、ようやくその言葉を理解できた。…光のことを考えて怒っていた僕が、悲しんでいなかったなんて、こんなの、光のことを思ってるだなんて、言えるのか。

「今更、泣いていいのかな、僕が」

「泣くのに今更なんて無い。泣いてはいけない奴なんていない。いま悲しんでいるのなら、いままでは関係無い。泣くのは…それは、生きている今しか出来ない事なんだ」思原は、何だか苦しむ様な祈る様な表情をしている。

　思原の必死そうな物言いに、心が掴まれる。

「本当に、泣いてもいいんだ」騒がしかった心に沁みていく。

「そう。いつか歩き出すために。今は無理かもしれないけれど生きていれば。いつか未来があるんだ」思原は独り言の様に呟いた。いつの間にか、その神々しさは薄れていた。

　今、なぜかわからないけど、俄に寂しさが込み上げてきた。それは涙となって、うめきとなって僕から流れ出す。

「ぅぅぅ…あああ、こ、う…」それは滴る様に、時おり激しく。「ゔぁぁぁー。こう、どうしてっ、なんで、ずっと友達でいられるとっ…」今まで溜め込んだものを吐き出す様に慟哭する。

　思原は、そんな僕を静かに見守る。何か美しいものを見る様に。

　やがて僕は感情が収まり泣くことをやめる。心を整えられた気がする。怒りも寂しさもなくなったわけではないが。

「もう大丈夫」

「悲しく、無いのか」思原が、恐る恐る、という様に尋ねる。

「ううん、悲しいよ今も。でもそれは、現実を乗り越えた思い出になったからだと、僕は思う」そう。きっといつまでも憶えているだろう。大切なモノとして。

「…そうか。それなら良かった」そう返してくる思原の雰囲気が少し、柔らかくなっている様な。

「なら、帰ろうか。学校を出よう」僕は、うん、と頷く。

そうして理科室を出る。

　しばらくして、思原が話しかけてくる。

「静永、ひとつ、いいか」

「なに？」

「黒崎と。友達に、ならないか」そんな急な問いに、意表を突かれた。でも…。

「うん。わかった」

「え、いいのか」今度は思原が少し驚いた顔をみせる。

「まあ、自分でも、なんで即答できたのかわからないけど。きっとそれは、光の願い、なんでしょ」

「そう、と言ったら信じて、くれるのか」

「うん。信じる。だって光っぽいし」

「…そうか。お前の言う通り、これは猫間光の願いだ」

「…そっか」

僕らは歩き続けた。

「じゃ、また明日」

「また明日」

「ねえ、明日、見に行ってもいいかな、屋上に。きっと、思原なら入れるでしょう？」

「ああ、わかった。じゃあ、朝早く、6時に集合でいいか？」

「うんお願い。6時ね。バイバイ」

「ああまた明日」そう約束して、別れた。