霊徹な代弁者の気持ちの伝え方

第15話

　思原が話す間、僕には何も言えなかった。雰囲気に呑み込まれたのもあり、再び得た情報が多過ぎたのもある。

　思原は、話し終えた後、ふと目を逸らした。それによって堤防が決壊したかのように、怒りが頭に溢れ出した。

「じゃあ、なんで光は死んだんだ。なんで死ななければならなかったんだよ。一体誰のせいで」

「誰のせいでもない。理由だって無い。それが運命だったなんて言うつもりも無いが。ただ、死んだ、それは変えられない事だ」思原は、僕の怒りを鎮めるように、冷たく、静かに言った。いや、本当は、悲しみの感情でもこもっていたのかもしれないけれど。

「信じられないほど残酷な事だとしても、後から変えることはできない」

　そうだよな。本当は僕もわかっていたのかもしれない。あれは誰のせいでもなく、光もまさか自殺なんてしない。わかっているからこそ怒りを燃やしたのだろう。あの内容なんて確かに光らしさが感じられる。

　でも…止まない。怒りが、止まない。否、一度止んだのかもしれない。けれど気が抜けて崩れ落ちそうになる体を支えるかのように湧いてくる。

「じゃあ、どうすればよかったんだ。事実を聞いてなお止まない、この怒りはどこへ向ければいいんだよ」

　初めはハリボテの怒りだったのかもしれない。それが、言葉を発した事でピースが嵌まったかのように中身を持って、噴き出す。頭が割れそうにガンガンする。嵐に頭の中を荒らされているかのようだ。

「逆に聞くが、それは何に対しての怒りなんだ」そこへ、思原の声が割り入る。

　思原は、ここへ入ってきても苦しくないのだろうか、とぼんやりと考える。

「誰に対しての怒りだ。黒崎か。まさか、猫間にか」

　黒崎へは、以前光をいじめていたことへの怒りしかないし、それももう、今更怒っても仕方ない、と思い始めている。光には精々、何も言わずに死んでしまったことぐらいしか、怒る理由はない。じゃあこの怒りは、なんなんだろう。

　なんだか、思原には答えがわかっているみたいだ。でも僕にはわからない。

「僕は、何に怒っているんだ」どこへ向ければいい、なんて言ってしまったけど、そもそもどこへ向いていたのか、自分にはわかっていなかったのかもしれない。困惑してしまった。

「それはきっと、自分に向いているんじゃないか、静永。誰に押し付けることもできない自分自身への怒り」

　僕はハッとした。

「そうだよ。なんで光は。自殺じゃなかったとしてもなんで。なんであんな時に死ななければならなかったんだ。あんな苦しい時に。楽しい時ならまだ許せるかもしれないけどさ」感情に埋め尽くされて呼吸がままならない。這うように息を吸う。

「僕はあの状況を知っていて、なのに何も変えられなかった。何もできなかった。だからきっとこれは自分への怒りだ。怒って当然だよ」

「怒って当然か。そうなのかもしれないが。でも、もういいだろう。許して、いいはずだ。お前はずっと悔やんでいたんだろう？人は、いつまでも後ろを向いてなんて生きていけない。どれだけ苦しめば許されるかなんて俺にはわからないが」思原が一瞬呼吸する。僕は息をつめて次の言葉を待つ。

「お前のせいではない。お前が自分を責める必要はない。怒る必要もない。もう許してやれ」思原は、そう、言い切った。

　『お前のせいではない』その言葉が心に沁みて、増殖する。こだまして離れない。誰も言ってくれなかった。いや、そもそも僕の怒りに、気づいてすらいなかったのだろう。仕方がないことだ。自分ですら、自分への怒りに気づかなかったのだから。