第14話
少し前のこと。
どういうことだ。あいつ、黒崎が光のことであんなに取り乱すなんて。あんな苦しそうな声を出すだなんて。
隣の教室で聞いていた僕は当然混乱した。衝撃的な情報が頭に入り過ぎておかしくなりそうだ。
それ以上聞いていられなくなった僕は、ドアのそばを離れた。
でもそのせいで、余計頭に浮かんできてしまう。振り払うように頭を振る。何度も、何度も。
そして耳を塞ぎ目を閉じて何も考えないように膝を抱えてしゃがみ込んだ。
…コン、コン、コン。ドアをノックしている奴がいるみたいだ。
「静永」どうやら思原だったようだ。
「…何」僕は一瞬の間を置いて返事をした。
「黒崎は、帰った。次はお前の番だ」ドアは開けずに会話を続ける。
「今から、大丈夫か」
まるで、僕がさっきどんな状態だったかわかっているかのようだ。
「大丈夫だよ」僕は答えて立ち上がる。
ドアを開けて、理科室に踏み込む。思原は、夕日の差し込む窓を背にしていた。そして僕は思原に対峙した。
「これから猫間のことについて話す」
「うん」
「まずは猫間の死因…というか死んだ理由についてだ」
「だからそれは」
「違う。自殺では決してない。猫間らしい、と言えるのだろう」
「お前が光らしいなんてそんなのわかるわけが」
「それは後だ。まず聞いてほしい」
「でも。前も言っていたけどさ、自殺じゃないって。責任逃れしているだけじゃないのかっ」また心が煮えたぎる。
「だからまず、聞いてくれ。…猫間はその日、忘れ物…ファイルなどを取りに学校に戻って来ていた。そこで帰ればよかったんだが…猫間は雨が好きだったのだろう?折角だから屋上から見れれば、と思い、その当時は施錠されていなかったドアを開け、屋上へ出た」
そこで思原は一息ついた。思原の話す様子は、差し込む夕日による陰影、安定して冷たい声の響き、落ち着きが相まって、微かな憂いと神々しさを醸し出していた。
そしてため息を吐く。深く吸って、吐いてまた話し出した。
「猫間はそこで何か動くものを見つけた。それは…猫だった。雨の中にいたのだから、猫は濡れて、震えていた。猫を室内へ入れて温めなければ、と思った猫間は、滑らないように慎重に足を進めた。…だが猫が逃げ、端まで辿り着いてしまった。そこで一度、猫間は立ち止まった。けれど、手すりの奥で猫が震えているのを見て、急いで手すりを乗り越えた。案の定猫は足を滑らせて落ちそうになった。だが猫間が捕まえ、事なきを得た。それに安堵した猫間は、ひとまずファイルなどの下に猫を隠し、立ち上がった」
また思原は、疲れたように息を吐く。
「正確には、立ち上がろうとした、なのか。なんにせよ、うまくいったのはそこまでだった。安心して気が抜けていたのもある。雨で滑りやすかったのもある。そして立ち上がろうとしたところで、猫間は風に吹かれた。だからバランスを崩してしまった。足を滑らせて踏み止まれず、手は宙をかき、そして…落ちて、死んでしまった」
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