第9話
「なあ、おまえのせいだろうっ?」相手は何も答えない。
今は昼休みだ。そして僕の身の内は、怒りやら苛立ちやらで満たされていた。
…始まりは、僕と穏陽の会話だった。
初めは少し、世間話をしていた。だけど、何気なく周りを眺めると、みんな楽しそうに話をしていた。光のことなんて忘れてしまったかのように。何であの子はいなくなっちゃったのに、みんな楽しそうなんだろうって苛ついた。自分もそのうちの一人だってことは棚に上げていた。
あいつらも楽しそうだった。
「ぜんぶ、あいつのせいなのに」思わずそう、声が出た。
「え、なに?」僕は問いかけを無視して立ち上がった。
「ねえ、どうしたの?」
「あいつに文句を言ってくる」
「え、なんで」
「あの子がいなくなっちゃったのは、誰のせいだ」
「あいつらの、せい」
「だからだよ。何でいじめた奴が笑っていられるんだ」
「…でも、だからってやめた方がいいよ。僕だって悲しいけど…過ぎ去ってしまったことを掘り返して騒ぐのは」必死そうな顔で穏陽が言った。
穏陽の言う通りだった。騒ぎ立ててももう遅い。本当に光のことを思っているなら、生きているうちにやるべきだったんだ。でも、怒りで頭がイカれていた僕には、そんな判断はできなかった。
「怖いのか?それでも、僕はあの子を大切に思っているんだ。君はどうだか知らないけど」
「大切に思っていたのは知っているけど…」その言葉の切り方がやけに引っかかった。けど、忘れろってことなのか。結局先生と同じなのか。心の中では苛立ちばかりが沸騰してしまう。
「君みたいに無かったことにはできないよ。いなくなったからって頭から追い出してさぁ。はいさよならで忘れるなんて」
少し酷いことを言ってしまった、と冷静でない僕でも思った。穏陽も、そう言うつもりで言ったのではないだろう。僕は少し後悔した。
でもその気持ちが逆に、言葉の勢いを後押しした。もう躊躇しても仕方がないと思ったのだ。穏陽の言ったことに対して、これぐらいなら言っても構わないだろう、とも思ってしまった。
「そんなつもりは」
「そう言うことだろ」穩陽の言葉を遮って言い捨て、歩き出す。「え、待って…」と言う声も無視した。
あいつ…黒崎冬牙たちのところへ近づく。
「…ねえ」
こいつらがいじめをしていた、ということを思い出す。それは、怒りと同時に恐怖心をも引き起こす。そのせいか、少し言葉が遅れてしまった。
だがその時、相手の空気が少し固まったのがわかった。アイコンタクトをしている。なんなんだ。
「なんだ」黒崎が、無表情で言う。
「前に思原が、光が死んだのは自殺じゃないって言ってたの、聞いてた?ねえ、どう思う?」
「え…」
相手が目を見開いて動揺している。そこに浮かぶ感情は…。
「そんなわけないよなぁ?自殺でないなら他に、なんで死ななきゃならなかったんだよ」
わからない。あいつらがなんて思っているのかが。でもその反応は、確かに僕の心に爪を立てる。
「なあ、お前のせいだろうっ?」相手は何も答えない。これで冒頭の発言に至ったと言うわけだ。
なんで何も言わない?なんで何も答えない?あいつに対する恐怖を今は全て、忘れていた。
胸ぐらを掴んで問う。
「お前は何を考えているんだよ」
いつのまにか教室が静かになっていたその時。
ガラガラガラ。一瞬の空白の間に、音が響く。教室のドアをあけ、思原が入ってくる。
皆の視線が思原へ集まり、そのままこちらにやってきた。
「静永。まず、その手を離せ」
「なんで」
「離せ」
思原の真っ直ぐ見つめる視線が僕の目を射抜き、心の荒ぶりが静まっていく。
なんだこの瞳は。夜の空気みたいな瞳だ。昼間の熱を吸い取り、冷やす。そんな風に、あまねく感情を受け止めている。でも、自身は暗闇にいて、心の内を相手に見せることはない。
僕は少し気が抜け、手を離した。
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