第8話

[「じゃあ、聞いてもいいか」

「駄目っていったら?」

「その時は…どうしようもないな。俺に強制力は無いしな」

「正直だな。嫌いじゃないぞ、そういう奴。…話してやるよ」

 まさか、すんなり行くとは思っていなかった。だがこれなら、単刀直入に行くべきか。

「ありがとう。じゃあ…黒崎、お前はいじめをしていた」

 そう訊くと、黒崎は唇を歪めて笑う。

「ハハッ、そうだ。ストレス発散だ。楽しいだろう?苦しんでるやつを見るのも面白い」

「最初は、だろう」黒崎は、頑なに口元を歪めながら視線を向ける。

「途中からは、違う目的があった。違うか」まだ口を開かない。

「それとも、全部俺の口から話して確認したほうがいいか」

「そこまでわかっているんじゃ、それこそどうしようもないな。強制力が無いって言葉はどこへいったのやら」黒崎は、諦めた様に笑って、続ける。

「俺から話すと、偽善者ぶってるだけに聞こえちゃうんだけどな。まあ、それはほんとのことか。とにかく、後から言い訳してるだけの話にしか聞こえないと思うが、いいのか?」

「俺のことを気にしているなら、それは大丈夫だ。お前がそんな奴ではないことは知っている。それに、言い訳かどうかぐらいはわかる」

「そっか。…俺は、あいつ…猫間に、興味が湧いたんだ。俺らが…俺が、酷いことをしても、何故だか笑っていた。勿論時折苦しそうな表情は見せるが…見せさせてしまったが、恨まなかった。無気力にもならなかった。だから…だからこいつはどんな世界を持ってるんだろうって。気になってしまった」誰かに向かって懺悔する様な話し方だった。

「そうか。俺は、それが確認できればいい。それと、もう一つ、それは、他の奴も知っていて、受け入れていたのか」

「俺の目的が、いつしか変わっていてのは、伝わっているのだと思う。あいつらも、いい奴だ。わかっていて、付き合ってくれた」

 きっとそうだ。黒崎を送り出す時のあの囁きからしても。

…ああ、何故本当に、人と人との関係は、こんなにも苦しいのだろうな。心がすれ違ってしまう。素直になれず、伝わらない思いは、捻れて澱んで歪な形で表に出る。それは、こんなにも悲しい。

 だからと言って、心が読めれば幸せなのか。

 そんなわけないよな。俺は、心の中に歪んだ笑みが浮かぶのを感じる。それは自嘲であり、儘ならない世の中に対する諦めだった。

「そうか、わかった。本当に、ありがとう」

「ああ、聞きたい事がわかったなら、よかった。醜い言い訳になっていないことを願うよ」言うほど怖くない、いい奴だ。

「怖くないって思っただろう」

「よくわかったな」

「よく言われるんだ」きっと、黒崎の人と関わる態度がそうさせるのだろう。初対面で想像するより優しい人間だ。

「まさか、転校してきた奴にばれるとは思わなかった。すごいな。そんなに態度に出ていたか」

「…得意なんだ。それに、違う」

「違う?」

「気にしないでくれ。それより、俺が来なかったら、どうするつもりだったんだ?言わないで、放置するつもりだったのか」

「時間が経って、先生たちが苛立ち始めてからいうつもりだった」

「…随分と自罰的なことだな」

 俺の言葉を受けて、黒崎は仕方なさそうに笑う。

「わかるんだな。そうだよ。早く言えば悪いようにしないって言ってたからな。往生際悪く引き延ばせば、いじめに相応しい因果応報な罰を受けられるかなって思ったんだ」

「そう思えるのが、お前のいいところだ」

「そうだといいけどな」]


 今日も一日が終わった。

「さようなら」「「さようなら」」

 まだ部活動は再開されていない。当分の間はこのままだろう。いつもなら光と、帰るのだけど。そう思いながら一人、帰途についた。

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