第6話

 それは、去年の6月ごろのことだった。高校に入学して、新しい生活が始まってから少し経ち、皆この生活に慣れてきていた。

 僕は、中学で光と知り合って友達になったんだけどね。前からそうだったんだけど、光ってマイペースで、何かに見惚れてずっと立ち止まっていたり、独り言を呟いていたり、端から見ると、少し変なやつだった。  

 まあ、それもおもしろいんだけど、それを除けば、気配りができる優しい子なんだ。

 でもあいつは、その優しさに背くようなことをした。それはいじめだった。

 初めは他の人をいじめようとしていた。その子が、今のもう一人の友達で、穩陽だ。でもあいつは、僕らにもいじめに参加しろと言ってきたけれど、あの子はもちろん断った。

 それがあいつは気に食わなかったらしく、あの子を標的にしていじめだした。机に落書きする、とか、男子内で無視するとか。後は、殴る蹴るの暴行とかかな。

 なんで女子が知らないかって?落書きされても朝登校してすぐに消してるし。あの子は登校が早いんだ。暴行は、女子が別の、体育の時にやっていたり、人がいないところでやったり。そもそも、あの子はあまり他人と話す方ではないから、気づかれなかったというのもあると思う。

「こんなものかな」

「そうか、ありがとう。今更だが、酷なことを言わせてしまったな」

「それでも、教えてあげるって言っちゃったからね」

「お前は、参加していたのか」

 何に、は言われずともわかる。でも、舐めてんのか?とは思うけど。

「するわけない。それに、あの子の友達って知られてたからか、いじめを教えられてなかった」

「気づかなかったのか?」

「初めのうちはね」胸の内に湧いてくる不甲斐なさをおし殺して続ける。

「あの子がどっか行っても、またマイペースか、って思ったし。でもそのうち、やけに回数が多いなって思って、あの子に聞いた」

「そうなのか」

 そうだ。その時あの子は少し笑って、『うん、そうだよ』と答えた。

「とめようとは、思わなかったのか」

「…思ったよ。だけど、『大丈夫』と言われて」

「…」

 あの時僕が、とめたほうがいいよね、と言ったら、光は『大丈夫つらくないし。気にしないで、知らないふりをして。気を遣われても嫌だし、それに今からじゃ簡単には止められないでしょ』と言った。

 ごめん、気づかなくて。ほんとに大丈夫?と僕が言っても、『大丈夫』と言った。

「その時僕は、情けなくも、少し安心してしまった。いじめる奴に歯向かうのは、怖くて。気にしないでって言われて、安心した。【勇】って名前に入ってるくせに、勇気ないよな」

「…俺にはなんとも言えない」

「ごめん。気にしないで」


[何か、おかしい。猫間はもう、死んでいる。なのに現在形で話していたり。感情の流れもおかしくて、やけに淡々としていたり。今現在の感情が、こもっていない。起きた当時のものだけだ。壊れそうな、危うい雰囲気だ。

「やっぱ調べないほうがいいよ。それでも調べたいなら、気をつけた方がいいよ。あいつには、関わらないほうがいいんじゃない?いじめらめれても知らないよ?」

 やはり、悲しいとか、色々な感情がこもっていない。確かに存在していると思うのだが。

 でも、怒りだけはこもっている。どこか遠くで話しているような。変な感じだ。]


「…」

「まあとにかく、気をつけてね」

「分かった」

 僕らは、その後はもう何も話さなかった。

「じゃあ僕、こっちだから」

「俺はこっちだ」

「じゃあまた明日」

「また明日」

 僕らはそう言って別れた。

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