拍手する死者
イノリ
拍手が伝える犯人
「ニーサン、知ってる? この話」
ある一家の弟が、兄を呼びながらパソコンの画面を指した。
「ん? ……拍手する死者? なんだこれ?」
「昔、本当にあった殺人事件らしいよ。なんでも、被害者がまるで拍手をしているような状態で見つかった、っていう。ダイイングメッセージ好きのミステリーファンから注目された事件なんだって」
「ほぉん……」
兄は弟と席を代わり、表示されたページの文章を読み込んでいく。
そこには以下のことが書かれていた。
・被害者
清水氏(32) 男性 人気配信者
容疑者
・中村氏(88) 男性 元工場作業員
・田中氏(79) 男性 元俳優
・鈴木氏(83) 女性 元歌手
被害者は容疑者らが暮らす老人ホームで遺体となって発見された。
アリバイから、容疑者は上記の三人まで絞られた。
被害者はこの老人ホームに暮らす面々とはそこそこ深い関係にあり、互いの名前はもちろん、経歴、年齢、誕生日、趣味など、個人的な情報に関しても知っているような仲だった。
被害者が遺体となって発見されたとき、殺害方法などはすぐに明らかになったが、肝心の犯人は不明だった。また、遺体が奇妙なポーズをとっていたことが注目を集めた。
遺体は、拍手をしていたような形で死後硬直を迎えていた。
どう見ても自然にこのような姿勢になることはないとの判断により、これは被害者のダイイングメッセージではないかという疑いが持たれた。
結論から言ってしまうと、これは確かに、被害者が残したダイイングメッセージだった。
さて。被害者はこのポーズにより、誰を犯人として指名した?(ただし犯人は単独犯であったものとする)
「……いや、それがどうしてダイイングメッセージになるんだよ。中村も田中も鈴木も、拍手とは一文字もかすってないだろ」
「そうだけど、手がかりはもう全部書いてあるよ、ニーサン」
「はぁ……?」
既に答えを知っている弟は、悩んでいる兄を楽しげに見守っている。
「容疑者の情報、名前と年齢と性別と旧職だけだよな? 名前は全員ありふれた名前で、年齢は一人だけ七十代、性別は一人だけ女、旧職は一人だけ地味なヤツ……。これが、拍手に繋がるって?」
「まあ、容疑者の情報のどれかが、犯人を特定するカギになるんだよ。あとたぶん、サイトに載ってる名前は偽名だね。三人も揃って、こんなありふれた名前が並ぶことは流石にないでしょ。だから、名前と直接関係づけるのは意味ないと思うよ、ニーサン」
「ふむ……」
兄は顎に手を当てて考える。
そして、パチンと指をはじいた。
「とりあえず、犯人は田中か鈴木だな」
「どうしてそう思うの?」
「だって、拍手だろ? 拍手は称賛の証だ。なら、そういう称賛を浴びる職業――元俳優の田中と、元歌手の鈴木ってことになるだろ」
「それで、ニーサンは犯人がどっちだって思うの?」
「……ポイントになるのは、性別だろ、たぶん。年齢って線もあるけど。でもなぁ。被害者が残した手がかりっていうのは、拍手のポーズだけなのか?」
「うん。まあ、後々決定的な証拠が見つかるんだけど。とりあえずその当時は、ダイイングメッセージによって事件が解決されたらしいよ」
兄は更に悩んで、そして……。
「拍手、拍手……。あ~、わからん! 答え、見てもいいか?」
「一応、当てずっぽうでもいいから犯人は指名しておかない?」
「んじゃ、田中で。男だし、殺人もしやすいだろうからな」
「まあそりゃ、筋力的には多少違いはあると思うけど。なんか差別発言っぽくない、それ?」
「まあまあ」
兄は画面をスクロールして、解答を表示させる。
そこには――
「はぁ!? 犯人は中村!?」
元工場作業員の中村氏が犯人として逮捕された、と書かれていた。
「ど、どういうことだ!?」
「つまりね、ニーサン。そこに解説も書いてあるんだけど、そもそも被害者は、容疑者たちの職歴も知ってたんだよ。だから、拍手を職業に当てはめてしまうと、二人が該当してしまうのはわかっていた」
「じゃあ、なんで?」
「そこでみんなが迷ってしまうことは察していたんだろうね。そこで、別の可能性を考えられる人を待っていたんだ。拍手は職業を表すんじゃなくて、年齢を表す記号なんだって」
「年齢……? 中村の年齢は、88歳……。これがどうしたって? まあ、8が二つ並んでるのは若干気になるけど」
「二つ、どころじゃないんだよ」
弟は兄に解説する立場が楽しいのか、笑顔を浮かべて言った。
「ここで、被害者の職業が活きてくるんだ。被害者は人気配信者だった。これで何か思い浮かぶことはない?」
「え? 配信者……。拍手……。あっ! ネットスラングの拍手か!」
「そうだね。ネットスラングだと、拍手はよく『88888888888888888』って風に、大量の8で書かれる。つまり、年齢に8が並ぶ中村氏が犯人、っていうことだね。これなら、当てはまるのは一人だけだ」
「はぁ……死に際にそんなこと考えたのかよ、こいつ」
「配信者だったからこそ、咄嗟に思いついたんじゃないかな。何か書き残せば犯人に消されちゃうかもしれないけど、拍手のポーズなら怪しまれないはずだし」
「ほぉん……」
兄は感心したように頷いてから、席を立った。
弟――この文章の執筆者は、自作のネタが兄を楽しませられたと知って、笑顔を浮かべた。
拍手する死者 イノリ @aisu1415
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます