第22話 トリスちゃんの憂鬱

 わたしは四学年に進級した。


 今年で十七回目の誕生日を迎え、来年は最終学年を迎える。

 憂鬱にならざるを得ない。


 要因はたくさん、あるのだがもっとも懸念すべきは今年の新入生にネイト・カラビアがいることだろうか?

 ライライオネルリックリチャードにも変わったところがあるが、ネイトはそれとはまた、違った意味で変わった個性の持ち主だ。


 ライは真っ向から、何も考えていないかのように突っ込んでくる人。

 でも、こちらの迷惑を考えずに来たりはしない。

 常にわたしのことを考えて、動いているように感じるから、心の奥底に思いやりがある男なのだろう。

 ただ、そんな風に感じているわたしが少数派であって、粗暴な男としか捉えられていないのが現状なのだ。

 本人は全く、気にしていないようで飄々としているが、本当にあれでいいのだろうか?


 リックは政務が忙しいのもあって、顔を合わせる機会がほぼない。

 しかし、父様の補佐官をしている関係上、フォルネウス邸を訪れることがある。

 全く、疎遠になったという訳ではない。

 来るたびにマリーが付いて回るのでさぞや、鬱陶しく思っているのかと思うとそうでもないようだ。

 見た目と怜悧な態度から、氷の貴公子と評判のリックだが、マリーのことを悪くは思っていないように感じられる。

 とはいえ、マリーの燃えるような恋情とは違い、ジェラルド兄様やナイジェル兄様がわたしに向けてくれる妹への愛情に近いのではないかと思う。


 そして、問題のネイト。

 あの男ほど、良く分からない人間はいないだろう。

 対峙していると底知れない深淵でも覗いている気分に陥る錯覚を覚えるのだ。

 かと思えば、気配も感じさせず、真後ろにいる。

 しかも無表情でいるのが怖い。

 正直に言って、何を考えているのか、分からない。

 それが怖さを増しているのだろう。

 学年が違うとはいえ、同じ校舎にいるので油断出来そうにない。

 おまけにディアも新入生だから、ジョシュと同じクラスになる可能性もあるのだ。

 全く、頭痛の種にしかならない。




 しかし、悪いことばかりでもない。

 この一年の間にファンダメントから、来た二人――カルカルヴィンティナトゥーナとの間に確かな絆を結ぶことが出来たからだ。

 彼らは実に分かりやすい性質をしていた。

 勝負が何であろうと勝者が絶対である。


 カルは『オラの物はオラの物。おめえの物もオラの物』という困った考えの持ち主なので、矯正するのが大変だった。

 これはエリカに感化されたティナのお陰で大分、ましにはなった方だ。

 とはいえ、『おめえの物はオラの物かもしれねえぞ』くらいになっただけだが……。


「うちがいるのに、何しているんけ? ダーリンの浮気者!!」

「これは違うだ! 浮気でねえだ! あひょ!?」


 今日も二人は元気に騒いでいる。

 特にティナのストレートは風を切るような音から、判断すると絶好調なんだろう。

 怪力を誇るティナのストレートをまともに受けて、壁に吹き飛ばされたのに変な声を出すくらいで何ともないカルもたいがいに化け物だとは思う。


 エリカと顔を見合わせて、溜息をく他ない。

 喧嘩するほど仲が良いとは言うが、毎日のように見させられているこちらの身にもなって欲しいものだ。


「全く、その通りですよ」


 何がその通りなのだか、と思わなくもない。

 したり顔でわたしとエリカの傍に陣取っているネイトはやっぱり、良く分からない子だ。


 しかし、平和ではある。

 前世ではこんなにのんびりとした学生時代を過ごせていなかったのだから、感謝するべきなんだろう。

 ずっと続けばいいのに……。


 そんなささやかな願いは叶えられることもなく、帝国を揺るがす脅威が迫っていようなど、わたしは知る由もなかった。

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