第21話 トリスちゃんと大食い女王
カルヴィンはフードファイトを本日の放課後に行うと宣言した。
何という性急さ。
学生食堂で働いている料理人にとって、これほど迷惑な話はないだろう。
巻き込まれたのに過ぎないのだから。
時間外の労働というよりは業務外の労働に等しい。
食材もフードファイトと銘打つ以上、現状の量では足りない可能性が高い。
そこでわたしの出番なのだ。
フォルネウス家の力を使うのはいつか?
今でしょ!
そもそもの話がおかしいではないか。
勝負を持ち掛けてきたジェフリーは何の準備もしていない。
お膳立てをしてもらえると思っている前提がおかしいとしか、思えない。
比較的、穏やかな気質のフォルネウス家の者だったから、大事になっていないだけだ。
これがカラビア家だったら、既に『表に出ろ』という事態になっていただろう。
いや、この想像はちょっと間違っているのかもしれない。
常に冷静沈着なリックはクールに無視を決め込みそうだし、何を考えているか、分かりにくいネイトは別の勝負事にをしようと言いながら、背後から襲い掛かりそうだ。
『表に出ろ』という直情型はライだけだろう。
どうして、彼のことが一番に思い浮かんだのか?
不思議でならない。
フォルネウス家の使用人が有能過ぎるのではないか……。
午後の授業が終わるまでの間に大量の食材を確保し、厨房の方に届けてくれた。
料理人へのケアも万全で準備は万端のようだ。
なぜ、わたしが準備で手を回さないといけないのか?
疑問しか浮かんでこないが、考えるだけ無駄かもしれない。
「皆さん、お待ちかね! ファンダメントにて雄々しく成長した男カルヴィンが帝都にやって来ました! 帝都を賑わす虹色の脚の女ベアトリス・フォルネウスに勝負を挑むカルヴィン・ファンダメント! しかし、予想外の勝負が彼の本能に火を付けるのです! フードファイトに……レディ・ゴー!!」
誰なのよ、あの人は?
学院関係者でないと校舎内に立ち入り禁止のはず。
老齢に差し掛かったと思われる白髪混じりの頭髪に不釣り合いの派手な赤いスラックス。
面相が割れるのを避けたいのか、目元を覆うマスクをしているが関係者で老齢の人物というと思い当たるのは一人しか、いないのだがまさかね?
いや、そんな余計なことに気を取られている場合ではない。
目の前に山のように積まれた特大ソーセージ入りのバゲットを見るとげんなりした気分になってくる。
しかし、勝負を挑まれた以上、逃げる訳にはいかない。
それがフォルネウスに生まれた者の
そして、悔しいことにこのソーセージ入りバゲットは美味しい。
おちょぼ口で一口ずつ、食べながら「美味しい」と言っている余裕はないのだが、令嬢として躾けられてきた性である。
一方、口許を汚さないように上品に食べるのを心掛けているわたしと対照的な食べ方をしているのがカルヴィンだった。
豪快というと聞こえはいいが野性味が溢れる食べ方だ。
貴族としては許されない食べ方とも言える。
後片付けをする人の身にもなって欲しいと思うのは贅沢なのだろうか?
意外なのはわたしの相棒のエリカとカルヴィンの相棒であるトゥーナだろう。
口許を汚さないきれいな食べ方なのに信じられない速度で食べている。
特にエリカが異常なくらいに早いのだ。
ちゃんと咀嚼をしているのだろうか?
見ているこちらが心配になってくる。
「エリカの胃袋は異世界なのよ!」
エリカはよく分からないことを言いながら、黙々とバゲットを口に運んでいる。
異世界から、迷ってくる人もいれば、迷ってしまう人がいる。
いわゆる迷い里伝説も異世界に迷い込んだ者の話だという説があるくらいだ。
つまり、無限の可能性があるということ?
それにしてもおかしい。
エリカのお腹はどうなっているの!?
エリカの前にあったバゲットの山が見る間に減っていく。
わたしやカルヴィンの食べる速度では、とても追いつけないスピードだ。
制限時間である十分の間にどれだけ、食べるつもりなんだろう。
呆れながらもどこか、美しい彼女の食事風景に
トゥーナも追随しようと頑張っていたようだが、力及ばなかったようだ。
わたしとカルヴィンは全く、話にならない。
エリカがとんでもないフードファイターだった。
それだけなのだ。
結果はエリカのぶっちぎり独走で終了。
フードファイトはわたしの勝利となった。
ほぼエリカのお陰で勝てたようなものといってもいいだろう。
釈然としないところはあるが勝ちは勝ちだ。
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